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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
39/958

黄昏の泉~39~

 静国の国都は吉野という。その規模は泉春の遥かに凌ぎ、中原における最大の都市とも言われている。商店は無数に軒を連ね、行き交う人々は袖が触れ合うほど犇めき合っていると比喩されるほどであった。

 だが、吉野にたどり着いた樹弘は、そのような大規模都市の光景を楽しむ余裕などなかった。先着していた景弱に先導され、街の一角にある屋敷に到着した。そこには甲元亀達の姿もあったが、再会を喜んでいる場合ではなかった。荷台から降ろされた景秀が屋敷の中に運ばれていった。久しぶりの再会となる景蒼葉、景黄鈴姉妹は、悲壮な表情を浮かべながら、父の後を追って屋敷に入っていった。ちなみに甲元亀達をここまで導いた田碧は、泉国に潜伏して情報を収集しているらしい。

 「いやはや……しばらく会わぬうちに色々なことがあったようですな。樹君……いや、主上とお呼びすべきでしょうか」

 「景弱さんから聞きましたか」

 「はい。神器を見せていただいてもよろしいですか?」

 樹弘は神器の剣を抜いた。それをまじまじと観察した甲元亀は嘆息した。

 「ああ、まさしく泉国の神器、泉姫の剣です。まったく自分が情けないですな。何度か目にしていたはずなのに……」

 「それは私の同じです、元亀様。父上の指摘されるまで気がつきませんでした」

 「主上。主上と知らずのことでしたが、これまでの数々の非礼をお詫びいたします。今後は臣として主上のために尽くしていく所存であります」

 甲元亀は膝をつき、深く叩頭した。

 「ま、待ってください。僕は別にそういう立場に立つと言ったわけでは……」

 「ふむ……。まぁ、その話はまた後に致しましょう。ひとまずは景秀様の容態が回復するのを待つと致しましょう」

 甲元亀は意外に聞き分けがよかった。彼の立場上、景秀のように執拗に迫ってくるかと思っていたのだが、やや拍子抜けしてしまった。景朱麗と目を合わせると彼女も肩をすくめるだけであった。

 屋敷に入ると景秀は寝台に寝かされていた。景蒼葉と景黄鈴が心配そうに景秀を見守っていたが、樹弘が入ってくると軽く叩頭した。

 「静公が医師を派遣してくれました。あまり良い状態ではないようです」

 景蒼葉が近づいてきて囁いた。景秀の枕頭に見かける男が二人いた。彼が医師のだろう。樹弘達に気がつくと、やはりこちらに来た。

 「悪いのですか?」

 甲元亀が代表して尋ねた。

 「随分と五臓六腑をやられているようです。長い軟禁生活で衰弱していたからでしょう」

 医師の表情は厳しかった。景朱麗が乾いた唇をなめてから口を開いた。

 「治らないのですか?」

 「精のあるものを食べ養生すればあるいは……と申しておきましょう。我ら医師としては打てる手はあまりありません」

 医師が景朱麗の方を見た。残念そうに目を閉じ、搾り出そうように言った。

 「そんな……」

 景朱麗がふらついた。樹弘が慌てて後ろから肩を支えた。

 「また夜に様子を見に参ります」

 そう言って医師は退出していった。景秀は眠っているようであるが、顔色は相変わらずよくなかった。

 「ひとまず我らも外しましょう。安静がなによりのようですから」

 甲元亀が促し、樹弘達は景秀が寝かされている部屋を出て、別の部屋に移動した。

 「さて、これからどうしたものか……。覚悟はしておいた方がよろしいでしょうが……」

 甲元亀が景三姉妹を見渡した。彼女達はいずれも沈痛な面持ちであり、景黄鈴などは今にも泣き出しそうであった。

 「本来ならば私達の旗頭にはなっていただくべきは父上だったのですが、あの様子ではとても無理ですわね。そうなると……」

 景蒼葉がちらりと樹弘を見た。景蒼葉が言わんとすることなど容易に察することができたので、樹弘は視線をそらした。

 「蒼葉。そういう言い方はよくない。それでは樹君が父上の代わりみたいではないか」

 景朱麗がたしなめる様に言った。景蒼葉は不服そうに姉を見返した。

 「姉さんのことだから、樹君を我らが主であると知った時点で意地でも主上にすると思っていたけど、どういう心変わり?」

 「心変わりなんてしてない。ただ樹君の気持ちを考えた時に……」

 「今の私達にそんな余裕があると思うの?姉さんらしくない」

 「私らしくないとはどいうことだ!」

 景朱麗と景蒼葉の口喧嘩に、景黄鈴はおろおろとするばかりであった。

 「はいはい。そこまでそこまで」

 部屋の戸が開かれ、一人の若い男が入ってきた。穏やかな顔を浮かべながら、景朱麗と景蒼葉の間に入った。

 「朱関……」

 景朱麗が苦りきった顔で男を見返した。

 「主上。これは孫の朱関です」

 甲元亀が男のことをそう紹介した。朱関と呼ばれた男はにこやかに笑いながら、樹弘の方を向いた。

 「これは主上。お初にお目にかかります。甲朱関です。以後お見知りおきを」

 優しげで虫をも殺さぬような見た目をしていたが、その奥底には恐ろしい才能を秘めていた。甲朱関は、後に景朱麗と合わせて樹弘に仕えた『偉才の二朱』と呼ばれるのであった。

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