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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
388/958

泰平の階~68~

 仮病から快癒した尊毅は、早々に赤崔心討伐を命じられた。明日出撃となった晩、尊毅は項史直と二人で善後策を確認していた。

 「栄倉を出れば、そう簡単には戻って来ないだろう。万が一の時には、妻と子を我が領地に逃がさなければならなくなる」

 尊毅は、条守全の娘との間に一児を成していた。尊毅にとっては大切な跡取りである。尊毅が条高に叛いたとして、まず間違いなく人質とされ、処刑される。それはなんとしても避けなばならなかった。

 「それは抜かりなく。今回は我が弟を置いていきます。万事、言い含めております」

 項史直には項泰という弟がいた。項史直曰く、自分よりの抜け目のない男であるらしい。

 「項泰か。奴ならば大丈夫だろう。あとは……」

 「守全様をいかがなさるかです」

 項史直は、一番の難問を投げかけてきた。これについてはまだ尊毅は解答を出していない。条守全は、義理の父親であるが、同時に条国の丞相である。実直な条守全が条高を裏切り、尊毅の側につくことはないだろう。あの実直な岳父は、条高と命運を共にするであろう。

 「義父上は……殺したくない」

 「ですが、若君と奥方様をお救いしたとしても、守全様をお救いすることはできますまい」

 「義父上は我らが手を差し伸べても拒否されるだろう。見殺しにするしかあるまい」

 尊毅にとっては辛い選択であった。重い沈黙が二人の間に漂った。その沈黙を裂くように、部屋の外から来客を告げる声が聞こえた。来客は条守全であった。

 「お通ししろ」

 尊毅は一瞬、肝を冷やした。条守全が何事から勘づいたのではないだろう。警戒しながら迎えると、条守全はいつもの温厚そうな顔を娘婿に向けてきた。

 「夜分に失礼する。しばらく会えぬと思うと、二人きりで飲もうと思ってな」

 やや安堵した尊毅は、項史直に目くばせした。得心した項史直は、

 「それでは某はこれで」

 と退出していった。条守全は、項史直と視線を交わしたが、言葉を交わすことはしなかった。条守全は、項史直という家宰のことをひどく嫌っていた。

 「ささ、義父上、どうぞお座りください」

 尊毅は条守全を上座に誘った。条守全は項史直が出ていった扉を見つめたまま、上座に座った。

 「義父上は、史直のことが気に入らぬようで」

 「あれはどうにも陰気な男だ。一家の家宰には相応しくない」

 陰気とは項史直の性格を正鵠に言い当てていた。しかし、尊毅としてはその陰気さを気に入っていた。

 尊毅は酒と肴を運ばせ、ささやかながら酒宴となった。話はどうしても赤崔心との戦のことになった。

 「赤崔心に勝てるか、というのは愚問であるかな?勝ってもらわなければ困るのだ」

 尊毅が注いだ酒を条守全は美味そうに飲んだ。

 「勿論、勝ちます」

 と言いながらも、尊毅は赤崔心に勝つか負けるか以上のことをすでに考えている。勿論、そのことを条守全に語るわけにはいかなかった。

 「今の条公の御代になって国内は大いに乱れた。それを正すことができないのは丞相である私の責任だ」

 「そんな……義父上はよくやっておいでです」

 それは本心であった。あの暗愚な君主によく仕え、懸命に丞相としての任務をこなしている。頭が下がる思いである。

 「そう言ってもらえると嬉しい。私は良い婿を持った。これからも共に社稷を支えていこう」

 尊毅は、条守全の訴えかけるような真摯な瞳を見返すのが辛くなってきた。

 『やはりこの人を見殺しにすべきではないのではないか……』

 この温厚篤実な岳父のことが尊毅は好きで堪らなかった。こちらこそ良き義父を持てたと思っている。ここで条守全の秘事のすべてを明かして、味方になるように説得するべきではないか。

 『いや、駄目だ……』

 尊毅は寸でのところで思いとどまった。もしここで打ち明ければ、条守全は娘婿を斬り捨て、自らは自刎するであろう。義父上とはそういう男であった。

 「勿論でございます。社稷を支えるのは尊家の使命です」

 尊毅の言葉に偽りはなかった。社稷とは即ち国家のことである。この国を支えていく意思は十二分にあった。但し、それは条公の家臣としてではなく、尊毅が国主であっても構わないのだ。

 「そうか……。それならば安心だ」

 今宵は飲もう、と条守全は瓶を持ち上げた。これが義父上との惜別の宴になるのだと思うと、尊毅は進んで杯を差し出した。

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