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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
385/960

泰平の階~65~

 魏介は、槍河が見えてくると、全軍に停止を命じた。

 「渡河地点を探せ。それと敵の有無ものだ。渡河の最中に攻撃されたら敵わんからな」

 この時点では魏介はまだ慎重であった。斥候を広く出し、渡河地点と敵を捜させた。その結果、軍が通過できる橋梁を発見することができた。

 「それと敵の姿はありません」

 斥候がそう報告すると、魏介は躊躇うことなく進軍を命じた。

 『敵は意外と抜けている……』

 魏介はあざ笑いたかった。斎興軍は槍置の南面ばかりに集中し、北面に関しては完全に無警戒になっている。

 『俺が斎興なら、あの橋を落とし、北面の万全を期していた』

 それができていないということは、斎興軍の実力も知れていると魏介は戦の前途に明るさを見ていた。

 それでも橋を通過している時は警戒を怠らなかった。橋の上とはいえ、この時に襲われては不利になってしまう。しかし、敵兵の姿はまるで見えず、無事に渡河することができた。そのまま数日、軍を進めていると、

 「一舎ほど先に敵の姿があります」

 という斥候の報告に接した。

 『敵はどこにいたのか?』

 敵地だけに魏介は用心して小まめに斥候を出していた。それなのにこれほど近い距離になるまで敵軍集団を発見できなかったというのはどういうことだろうか。決して自軍の斥候能力が低いわけではないと信じている魏介は、やや不気味なものを感じていた。

 「ひとまず事前に敵を発見できたのは僥倖である。戦闘に態勢に入れ」

 魏介は全軍を停止させて、敵を迎撃することにした。敵地である以上、こちらから攻めかかるのは不利であると判断したのである。

 翌日、魏介軍は会敵した。払暁から数刻、敵と矢と剣を交えたが、昼過ぎになると敵は撤退していった。

 「追え!敵の逃げる方向に山城への道があるはずだ!」

 魏介は徹底的な追撃を命じた。魏介自身が先頭に立って半日ほど敵を追ったが、追いつくことができなかった。それどころか今、自分達がどのあたりにいるのかまるで見当がつかなくなっており、敵の姿も完全に見失っていた。しかも、魏介達は深い茂みに囲まれた狭い山道に誘いこまれていた。

 「これは……敵の罠か!」

 魏介が軍を反転させようとしたまさにその時であった。見えなくなっていた敵がわらわらと姿を見せ、矢を射掛けてきた。

 見え透いた罠であった。偽りの敗走をし、追撃してくる敵を優位な地点に誘引して逆撃してくるのは、戦術の常套手段である。魏介はまんまとその罠に引っかかってしまった。

 『巧妙な敵だ』

 魏介もそれなりに戦場を体験してきた武人である。戦場での駆け引きにはそれなりの自信があった。それでも敵の偽計を見抜けなかった。悔しいが、敵の方が一枚も二枚も上手であった。

 「引け!槍河の対岸まで撤退するんだ!」

 そういう敵とまともに戦うわけにはいかない。槍河を越えて態勢を立て直し、新莽にさらなる援軍を求める必要があるだろうか。などと考えながら一心不乱に馬を東に向けたが、魏介は絶望せざるを得なかった。渡河の時に使用した橋梁が落とされていたのである。

 「なんたることだ!」

 魏介は背筋に寒いものを感じた。この橋を落とすまでが敵の策略であったとすれば、魏介は完全に敵の手の内の中で踊っていたことになる。

 敵軍が追いつてきた。散り散りになって敗走したため、魏介が指揮できる兵士は五十名にも満たなかった。それでも魏介は、陣を組んで抵抗を試みた。しかし、これが寄せ集めの軍隊か、と叫びたくなるほど敵の攻撃は凄まじかった。河を渡って逃げることもできない魏介は必死に抵抗を命じたが、他の将兵達にはそのような気力は残されていなかった。本陣にまで押し込まれた魏介は、降伏を決意するしかなかった。

 降伏した魏介は、武器を没収され拘束された。しかし、もっと屈辱的な処遇を受ける、もしくは首を刎ねられてもおかしくないと思っていたので、やや拍子抜けした。というよりも、身柄を監視下に置かれるだけでしばらく放置させられていた。

 「貴殿らの大将は、降将を見舞うこともしないのか。武人としての礼儀と言うものを知らんのか」

 魏介は見張りの兵士に言ってみたが、見張りの兵士は感じ入ることがないのか、否とも言わずその場を動こうとしなかった。魏介としては本気で無礼を咎めたいのではない。自分を手玉に取った大将がどのような人物か見ておきたかったのだ。

 しかし、魏介が見ておきたいと思っていた大将―劉六―は、すでに彼の近くにはいなかった。劉六軍は、魏介軍が所有していた軍旗や武装などを接収すると、準備していた浮橋を使って槍河を渡河していた。

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