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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
384/958

泰平の階~64~

 「敵はようやく迂回することを思いついたようですな」

 山城の見張り台から敵軍を遠望していた潘了が自信ありげに言った。

 「ほう。どうしてそう思ったのだ?」

 潘了の隣で同じような結論を下していた劉六は、あえて訊ねてみた。

 「数日前から比べて敵の数が減っております。しかも一気にではなく、徐々に減っています。これは我らに兵の数が減っていることを悟られないようにしているからでしょう。ということは、別の方面から密かに攻めようと考えているからではないでしょうか」

 潘了の考えは劉六のそれと全く同じであった。やはり潘了は単なる兵卒にしておくには勿体ない逸材であった。

 「お前も随分と武人としての見識があがっているな」

 「すべて先生のおかげです」

 潘了が照れたように笑った。

 「では、さらに聞こう。そうと知って我らはどう行動すればいい?」

 「かねてよりの作戦を実行する時と存じます」

 「では、そうするとしよう。斎興様に軍議を開くように申し上げてきてくれ」

 承知しました、と潘了が見張り台の梯子を下りて行った。劉六は床に置いてあった石板を取り上げると、簡単に敵の陣形を書き込んで、自らも見張り台から下りた。


 斎興を交えて軍議が開かれた。その場で劉六は、潘了が述べた敵の動きを斎興に説明した。

 「その見立に間違いはないだろう。しかし、誰が迎撃を実施する部隊を率いるのだ?」

 斎興は尤もな疑問を投げかけてきた。千山軍の悩みは実戦指揮できる武人が不足していることであった。僑紹は千山にあって防衛の任務にあたっており、少洪覇には別の動きをしてもらうことになっている。先の果常の戦いで一軍を指揮した結十は、槍置と坂淵の連絡役を行っている。

 「私がやりましょうか?」

 董阮が手を挙げたが、劉六からすると董阮は将として資質に欠けているように思えた。やや短慮なところがあり、すぐに声を荒げる。戦術的な資質も不明である。重要な作戦を遂行する部隊の指揮官を任せるには不安が残った。

 「そうよな……」

 斎興も同じように考えているのか、即断しなかった。

 「私がやりましょう」

 劉六は断ずるように言った。それが現状考えられる最適解であった。

 「俺もそう考えていたが、大丈夫か?」

 何か言いたそうな董阮よりも先んじて斎興が口を開いた。

 大丈夫とは二重の意味が含まれていた。ひとつは劉六に任せて大丈夫なのかということ。劉六は武人ではない。従軍はしているが、指揮官として部隊の上に立って経験はない。そのことを斎興は心配しているのである。

 もう一つの意味は、今や千山軍の知恵袋となった劉六が傍から離れて、槍置での戦いはどうするのか、ということである。武勇では自信のある斎興も、知恵の面ではもはや劉六なしで戦うことに不安を感じるようになっていた。

 「槍置での戦いは私が申しあげたように、山城から出て戦わない限りは負けはしません。私が指揮官になることも、まず大丈夫でしょう」

 劉六は斎興の不安を明敏に察していた。自分の不安を言い当てられて、一瞬目を丸くした斎興であったが、すぐに満足そうに頷いた。

 「よかろう。行ってくるがいい」

 斎興は手元にあった短剣を劉六に授けた。武器を授けるのは指揮権を認めた証である。これで劉六の命令は即ち斎興の命令となるのであった。


 その日のうちに密かに槍置の山城を千山方面から出た劉六は、すぐに千山に伝令を派遣した。千山から援軍を出されるためである。その援軍を含めて五百名。戦力としては十分であった。

 千山軍の士気は極めて高かった。彼らは山城に籠りきりで鬱憤が溜まっており、すでに劉六が神算鬼謀の軍師であることを公然の秘密として知られている。士気が高くならない訳がなかった。

 「よろしいか。私の言うとおりにすれば勝てます。逆に言うとおりにしなければ負けます」

 劉六は単純明快に将兵達に言い聞かせた。戦術だけではなく、軍事の指揮系統などにも知識の範囲を広げていた劉六は、様々な書物を読んだ結果、ひとつの結論を下していた。

 『命令は単純明快な方がいい』

 命令だけではなく、訓令などもひどく単純な方がよい。軍隊とは人の寄せ集めである。訓練をしているとはいえ、思考も知識も千差万別。であるならば、万人に分かりやすい言葉でなければならないというのが劉六の結論であった。

 「では、参ろう」

 劉六は援軍を収容すると、部隊を東に向けた。先陣には江文至に立たせ、自らは中軍に身を置いた。

 東進した劉六軍であったが、それほど進まずに停止した。斥候として出した潘了の帰還を待っていたのである。数日後、潘了が帰ってきた。

 「敵は間もなく槍河を越えそうです」

 槍河は槍置の山系から北に向かって流れている大河である。河底はそれほど深くないが、渡河するには橋梁が必要であった。

 「敵数は?」

 「およそ五百とみました」

 「ほぼ同数か。ならば負けはしないだろう。今から行けば、ちょうどいい頃合いに会敵するだろう」

 劉六は全軍の進発を命じた。

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