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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
382/958

泰平の階~62~

 劉六という医者あがりの男の存在すら知らない新莽は、まんまと彼の術中にはまることとなった。

 「あの旗は斎家のものです。斎興が山城にいるのは間違いないでしょう。攻め取り、斎興を捕らえれば、最高の手柄となりましょう」

 魏介に言われるまでもなく、新莽も同じことを考えていた。ただ、魏介と違っているのは、手柄を立てられることよりも、

 『斎興を捕らえればそれで終わる。すぐに栄倉に帰ることができる』

 栄倉に帰れば蝶夜を抱くことができる。新莽は一日でも早く、あの柔肌に触れたかった。

 『しかし、どう攻める?』

 軍旗が立ち並ぶ山城に動きは見えなかった。ひょっとして無人なのではないかと思えるほど静かであり、矢を射掛けてくることもなかった。正直なところ、不気味さを感じるほどであった。

 ただ、攻め口がないわけではない。西側に進むと山頂方向に延びる山道があるにはあったが、非常に道幅が狭く、非常に狭く樹木が多い茂っていて視界が極めて悪かった。

 「中腹辺りに小さな砦があり、門が閉じられております。その先はとても進めません」

 危険を冒して山道に入った斥候がそう報告してきた。その砦にも軍旗が並び、兵士らしき影もあったが、やはり攻撃を仕掛けることはなかったという。

 『攻められぬわけではないが、このやりにくさはなんだ……』

 幾多の戦場を経験してきた新莽からすると、これほど得体のしれない、気味の悪い敵は初めてであった。組み方が分からないというか、攻め方が分からないというか、とにかく言葉では説明ができなかった。

 「叔父上。何を躊躇われるのです。敵が動かぬのは我らを恐れているだけではないですか!大軍の利を活かして一気に攻めましょう」

 魏介は血気盛んなところを見せた。有効な攻略手段を思いつかなかった新莽は、ひとまず魏介に軍の指揮を任せることにした。魏介は鼻息荒く、一軍の先頭に立って山道に突入していった。

 斥候が発見した砦にたどり着くまで抵抗はなかった。砦の門は閉じられていて、見張り台に二人の兵士がいるだけで、じっとこちらを見ているだけで矢を射掛けるどころか、味方に合図をする様子もなかった。

 「なめられたものだ。新莽軍といえば、翼国軍にも恐れられる存在だぞ。一気に踏みつぶしてしまえ!」

 魏介が剣を抜き、突撃を命じた。門扉を破るための巨大な丸太を抱えた複数の兵士が喊声をあげて突進した。それに続き、槍や戟を手にした兵士達が狭い山道を駆けだす。丸太が門扉にぶつかる寸前であった。山道の両端から矢の雨が降ってきた。

 「なんだと!」

 山道を挟むように敵の弓兵が潜んでいたのである。丸太を抱えていた兵士達はあっという間に針鼠のようになり、丸太を落として倒れた。他の兵士達も矢の雨に餌食になった。

 「怯むな!盾を使って前進しろ!」 

 魏介のいる場所にも矢は飛んできている。しかし、いきなり撤退するわけにもいかず、声をあげて兵を叱咤した。しばらくして矢が止むと、砦の門が開いて敵兵が打って出てきた。

 「敵が出てきたぞ!数で押し込んで、砦を突破するんだ!」

 魏介は馬鹿目めと敵を密かに罵った。敵は弓矢攻撃で気をよくして出てきてくれたのである。このまま数にものを言わせて敵を押し込み、その勢いで砦を突破してしまおうと考えた。

 しかし、敵は思いほのか強硬であり、山道も狭いので、数で押し返すということができなかった。

 「何をしている!押せ!押しきれ!」

 魏介が焦れ始めた。するとそれを待っていたかのように、今度は山道脇の斜面から敵兵が突如として出現し、襲い掛かってきた。

 「囲まれた!」

 山道に長く隊列を築いている中頃あたりに敵は殺到してきた。それほど数が多いわけではなく、散々に斬り込むと、すぐに斜面の方向へと撤収していった。

 『ここは一度引いた方がいい……』

 ようやく容易ならぬことを悟った魏介は、損害がこれ以上大きくなる前に撤退を命じた。


 山道から粛然と撤退してくる自軍の姿を見て、新莽もまた容易ならざる敵を相手にしていることを悟った。

 『なればこそ、是が非でも落とさなければならない』

 ここで斎興が籠る山城を落とさねば自軍の士気だけではなく、条国軍全体の沽券にもかかわってくる。そして自分の評価を落とすことにもなる。新莽の心に執念が芽生えた。新莽が仇敵のように山城の睨むと、その方向から大音声が降ってきた。

 「敵も味方も聞け!我こそ、斎公、斎治の子、斎興なるぞ。雲霞の如き条家の軍勢が来ても、恐れることはない!正義は我にあり!簒奪者の条家に負けるわけないわ!」

 斎興らしき男の声が止むと、鬨の声があがった。新莽が屈辱を感じながらも、最終的には自分が勝つと信じて疑わなかった。

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