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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
378/963

泰平の階~58~

 各地で巻き起こる反乱、一揆の情報は、ほぼ毎日のように栄倉にもたらされた。その情報の内容は喜ぶべきものは少なく、救援を求める悲鳴と敗北や陥落などの悲報であった。

 「特に夷西藩です。どうやら斎治の息子斎興が界国から戻ってきており、少洪覇と共同しております。代官として赴こうとしていた何行白は敗れ、侮りがたい勢力となっています。これを早々に潰さなければ、致命的な瑕疵となります」

 条守全が悲痛さを滲ませながら条高に報告した。条高は相変わらず何を考えているのか分からない表情をしていた。

 「尊毅を討伐に行かせよ」

 条高は短く言った。条守全の額に汗が噴き出てきた。

 「それが……尊毅は、病にて動けぬ状態なのです」

 「病。それほどの病か?」

 「一度見舞いましたが、確かに苦しそうで……」

 条守全は尊毅の岳父である。岳父として娘婿がこのような状況下で動けぬと言うのがどうにも心苦しいのだろう。

 『辛い立場だ……』

 ひたすら頭を低くする条守全を見ていて、円洞は同情しないでもなかった。丞相としての条守全は、病の尊毅を引きずり出してでも少洪覇討伐を命じたいだろう。しかし、病と言っている娘婿に対して無理強いしたくないという心境もあり、完全に板挟みになっていた。

 『そもそも尊毅は本当に病なのか?』

 口にこそしないが、円洞は尊毅の病が仮病ではないのかと疑っていた。根拠や証拠があるわけではないが、尊毅に持病があるとは聞いたことがないし、この前の少洪覇討伐に溌剌して出撃した若者が急に動けぬほどの病になるのか非常に疑わしかった。

 『助け舟を出してやろう』

 条守全なら恩を売っておいて損はあるまい。円洞はそう判断した。

 「主上。動けぬ者を無理に引っ張り出しても戦場で的確な判断ができぬというものです。少洪覇討伐には新莽を当てればよいかと愚行致します。先の赤崔心討伐に功績があり、主上きっての忠臣でもあります。きっと少洪覇の首を御前に運んで参るでしょう」

 円洞が身を進めて進言すると、条高は無言で数度頷いた。

 「では、新莽にそう命じます。赤崔心については引き続き安平に命じます」

 条守全が言上すると、そうせいと言うだけで条高は席を立った。今日の条高は心ここにあらずという感じであった。


 この頃、尊毅は自領に引きこもっていた。表向きは病気療養であったが、円洞が睨んだとおり、仮病であった。

 「どうするんだよ、兄貴!少洪覇討伐に新莽が命じられたぞ。折角の手柄が水の泡だ!」

 尊毅が病人のふりをして寝台に寝ころびながら書見をしていると、妹の尊夏燐が喚きながら入ってきた。

 「病人の傍でうるさいぞ」

 「ふん!病人にしては元気そうだこと。いつまで仮病なんてしているんだ?私ら武人にとっては稼ぎ時なんだぜ」

 「落ち着け、夏燐。今はまだ本当の稼ぎ時ではない」

 尊毅は自分に言い聞かせるように言った。

 尊毅は、項史直から尊家代々伝わる書状を見て以来、自己の行動に慎重になっていた。

 『我が条高に代わってこの国を治める……』

 あの書状が尊毅に野心を植え付けていた。もし平穏な時代であるならば、尊毅も本気にはしなかっただろう。しかし、世は未曽有の乱世を迎えている。あの書状に書かれていることの真偽は別として、尊毅が条高に取って代わっても構わないという保証を得たような気がしていた。

 『そのためにもうかうかと条高の命令に従って戦を行い、兵力を減らすわけにはいかない』

 この尊毅の秘めたる野心を知っているのは腹心の項史直のみである。尊夏燐にはまだ話す時ではないだろう。

 「なんだよ、本当の稼ぎ時って……。まさかもっと大物が出てくるのか?」

 「まぁそんなところだ。それまではお前が俺に代わってしっかりと兵士達の面倒を見てやってくれ」

 「へいへい」

 尊夏燐が渋々といった表情で部屋を出ていった。しばらくして入れ替わるようにして項史直がやってきた。

 「夏燐様とすれ違いましたが、また何事か文句でも?」

 「新莽が少洪覇討伐を命じられたようだな。それで自分達の手柄がなくなると思って騒ぎに来ただけだ」

 「ははぁ、夏燐様らしい。で、例の書状の件については?」

 「まだ話していない。あいつに話せば、すぐに他人に知れてしまう」

 「左様で」

 「それで、お前は何をしに来た?」

 「未確認ですが、斎公が哭島を脱出したという情報を得ました」

 「ほう……」

 「まだ栄倉宮も掴んでいない情報かと思われますので、確認を急がしております」

 斎治が哭島を脱出した時期と斎興が条国に戻ってきた時期がひどく一致する。間違いなく後ろで糸を引いている人物がいる。その人物はなかなかの謀略家であろう。

 「これからは今までのように簡単に鎮圧、というわけにはいかないだろうな」

 「いかさま。ここは慎重に時世を見極める必要があります」

 「栄倉宮の動きから目を離すな。それといつ斎公から綸旨が届いてもおかしくない。その折は使者を丁重にもてなせ」

 「御意です」

 項史直が下がると、尊毅は書見を再開しようとしたが、どうにも興奮してきて本を投げ出してしまった。

 

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