表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
376/959

泰平の階~56~

 和交政は父を連れて私邸に戻ると、すぐに北定に首尾を伝えた。

 「よくぞやった!すぐに主上に申し上げる」

 北定が奥に下がった。しばらくして戻ってくると、すぐにお会いする、と告げた。和交政は父を伴って斎治が休息している部屋に入った。斎治はすでに上座に座っていた。

 「主上、本来であるならば甚だ無礼ではございますが、非常の時故、お許しください」

 和芳喜は下座から深々と頭を下げた。本来、貴人と対面する場合は、身分の低い方が先に入室していて貴人を迎えなければならない。その際、貴人の姿を見てはならないのであるが、今の対面はその儀礼に反していた。和芳喜はまずそのことを詫びた。

 「そなたの息子に助けられなければ、未だに哭島で虚しい思いをしていた身だ。儀礼的な作法などこの際無用である」

 「はっ。ありがたき幸せ」

 「ありがたき、と言うのは余の方だ。和氏が与力してくれると言うのは実に心強い。頼みにしておるぞ」

 「はい。ひとまずは粗衣を改めていただき、ゆっくりとご休息ください。御用の向きは我が息子にお申し出ください」

 「何かと苦労をかける」

 「では、今宵はここで失礼します」

 和芳喜は一礼して引き下がった。もうすでに斎治の哭島脱出の情報が各所に届いていることだろう。和氏の夜はまだ終わっていなかった。


 朝方になり、和芳喜の屋敷には一族郎党が終結していた。その数は約五十名。いずれも和氏に忠義と友諠を明確にしている者達である。和長九らしい慎重な人選であった。彼らの配下を加えると二百名近くの兵力を確保することができるだろう。

 「このような黎明に集まってもらって申し訳ない。火急の要件があったので集まってもらった」

 和芳喜が一同の前で声をあげた。彼らは黙りながら、熱心な視線を和芳喜に向けた。

 「要件とは他でもない。幽閉されていた斎公が哭島を出られてここ船丘におられる」

 一瞬、場がざわついた。しかし、騒ぎを鎮めるように和芳喜が続けた。

 「我はこれより斎公―主上にお仕えし、慶師にご帰還いただくまでお守り、戦い抜く所存である。我と志を共にする者は残り、そうでないものはここより去るがいい。そのまま羊氏の下に駆け込むがいい」

 いかん、と和芳喜は詰め寄った。否とは言わせない迫力があり、集まった一族郎党は何も言えず、席を立つ者もいなかった。尤も彼らからすると、羊氏に支配されたままで終わるか、それとも和氏について行って自分達の前途に光を求めるか、という二者択一を迫られた時、後者を選択したくなる境遇の者達ばかりであった。

 「ここはご当主の言に従うべし!そうであろう!いくら我らが苦労して銭を稼いだところで羊氏と条公が掻っ攫っていく!我らの努力がすべて水の泡じゃ。その馬鹿げた世の中を変えるのは今しかない。そうではないか!」

 一人の男が立ち上がり叫んだ。彼は州口近くで馬借をしているが、最近では羊氏の息のかかった同業者に仕事を奪われていた。

 「そうだ!和氏について、羊氏を討つべし!」

 「そうだ!」

 「斎公にお味方すべし!」

 堰を切ったように和芳喜に賛同する声があがった。

 「しかし、芳喜殿。今後についての方策はおありなのですか?」

 最初に声をあげた男が代表するように問うた。待ってましたとばかりに和芳喜は応じた。

 「いずれ哭島から主上が脱出したことが羊氏に知れ、ここにおわすことも露見しよう。それを待って攻め寄せてくる羊氏の軍勢を討つというのではすべてに後れを取る。そこで今より船丘を発し、州口を攻める」

 いかん、と和芳喜が飛沫を飛ばして問いかけると、一同は興奮して次々と立ち上がった。

 「芳喜殿の戦略、用いるべし!」

 「憎き羊省を屠るべし!」

 「後れを取るは武人の恥!」

 羊氏の当主である羊省は、州口からやや西にいった場所に拠点を構えている。羊省が斎治の居場所を知り、船丘に軍勢を差し向けるよりも先に、州口と羊省の屋敷を強襲してしまおうというのは、和長九の案であった。

 『羊氏が船丘を攻めるとして、相応の軍勢を整えてくるでしょう。そうなれば我らはひとたまりもない。敵の態勢が整う前に一気に覆滅してしまいましょう』

 この和長九の案には、斎治の知恵袋というべき北定も賛意を示した。

 『もはや慎重なことを言っている時期ではなかろう。騎虎の勢いをもって主上の御代が到来することをこの地から示すのだ』

 北定は千綜を軍勢に加えることを提唱した。斎治の側近であり、武勇の誉れ高い千綜が軍勢に加われば、士気が上がり、錦の御旗を得たことにもなる。

 「さて諸君!言葉の時は終わった。今より刀槍の時間だ。武具を揃え、兵を集めよ!目指すは州口だ!」

 和芳喜の檄に促され、一同はばたばたと慌ただしくその場から立ち去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ