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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
374/961

泰平の階~54~

 追手の小舟が近づきつつある。数も正確に分かるようになった。

 「全部で十隻か」

 和交政は矢先に油紙を巻き、火を点けて放った。千綜も倣って火矢を放った。火矢は放物線を描き、海面に落ちた。この際、当たる必要はない。火矢を恐れて追手の足が鈍ればいいのだ。

 追手も矢を射かけてきた。しかし、和交政達は彼らより高所にいるので、矢が甲板に届くことなく、こちらもむなしく海中に落ちるか、船体に刺さるだけであった。

 「追手は不安定な状態で射掛けています。命中などしません」

 和交政は斎治を不安にさせないように言ったが、斎治は追手が迫っているのに実に堂々としていた。寧ろ和交政達を励ますように船尾から動こうとしなかった。

 『やはり斎公には胆力がおありだ』

 なおのこと斎治をこんなところで死なすわけにはいなかった。和交政も弓を引く指先に力が入った。

 追手との距離はあまり縮まることがなかった。波がやや高く、追手の小舟では颯爽と波を切って進むことができなかった。

 「これは雨になる」

 そうなればますます逃亡に有利になる。和交政は矢を射続けながらも天に祈った。そうするとぽつぽつと落下してくる水滴が甲板を濡らした。やがて本格的な雨となった。

 「おお!これこそ天祐!」

 斎治は両手を広げて天に祝福した。波もさらに高くなったのか、上下に激しく揺れ始めた。

 「これで追手は追撃を断念するでしょう。さ、お風邪を召されては元も子もありませんので、皆様は中にお入りください」

 和交政は斎治達を甲板の下に案内した。甲板上には和交政と千綜が残った。

 「千綜様もお入りください」

 「我はいい。じっとしているのはどうにも性分に合わない」

 千綜はじっと追手がいる方角を睨んでいた。もはや追手の姿は雨が幕となって見えなくなっていた。

 『千綜様の睨みが敵を追い返している』

 斎治の周辺には本当に才人が多い。和交政は前途に光しか見えなかった。


 斎治達を乗せた商船は一晩明けて無事に州口に到着した。まだ哭島からは斎治脱出の報せは当然ながら届いていない。和交政は素早く積み荷と一緒に斎治達を馬車に乗せると、一路船丘を目指した。

 「早ければ夜には哭島からの追手が到着するでしょう。それまでに船丘に入りましょう」

 船丘は和氏の拠点である。羊氏であっても迂闊には手を出せない安全地帯となる。

 「費俊はそこにいるのか?」

 斎治が訊ねてきた。やや疲れの色を見せていたが、目の輝きは失われていなかった。

 「分かりません。費俊様は主上をお迎えする準備をすると申しておりましたが、脱出に成功した暁にはすぐ様に我が父に会えと申しておりました」

 「和氏のご当主か?そなたの忠心には疑いの余地はないが、御父上もご同心なのか?」

 と言ったのは北定であった。流石に鋭いところを突いてくる。

 「それがどうにも……」

 和交政は正直に述べた。父も兄も旗色を鮮明にしていないと。

 「迷っているということは、こちらに引きずり込むこともできるということか」

 「はい。費俊様は、主上をお連れすれば、父も立たざるを得なくなるだろうと申しておりました」

 「費俊らしいやり口だな。しかし、この際は有効か……」

 北定は斎治の方に向き直った。

 「主上、お聞きのとおりです。ひとまず船丘に潜伏いたしましょう。和交政は速やかに御父上にあって主上のことをお伝えするがいい」

 「承知しました」

 「しかし、北定よ。和交政の父上が同心せずに、条高の方に着いたとすればどうするのだ?」

 「その時は夷西藩を目指すしかありません」

 「ふむ……。引くも修羅、行くも修羅ならば、前のめりで行くしかないな」

 「主上、申し訳ありません。本当はもっと下工作してから脱出していただくべきであったかもしれません」

 「いや、和交政。物事には時機というものがあろう。もし下工作ばかりに奔走し、徒に時が過ぎていたら哭島の警備がもっと厳重になっていたかもしれん。余は慶師を脱した時からすでに覚悟はしている。もし余に万が一のことがあっても、子の興がいる。我が志は興が引き継いでくれる」

 これでよいのだ、と斎治はすんだ瞳で正面を見据えていた。和交政も、あとはやるのみだと気を引き締めた。

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