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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
373/958

泰平の階~53~

 御所を出たのは斎治、阿望、北定、千綜、そして和交政。和交政の部下達は津で待機している。

 「この獣道を駆け下ります。私が先を行きますので、見失わないように」

 すでにその道は通りやすいように枝や草を伐採している。しかし、地面ばかりはそうもいかず、ひどい悪路となっていた。

 「石や岩だけではなく、窪みも多く御座います。お気を付けください」

 「これでも余達は逃げ続けてきたのだ。多少のことは慣れておる」

 斎治は笑うように言った。事実、斎治も阿望も健脚であり、難なく獣道を進むことができた。

 『これならば……』

 和交政は前途に光明を見た。この調子なら無事に津に到着できるだろう。空がやや白み始めた頃、一行は津にたどり着けた。

 和交政は、ひとまず津の傍にある漁師の納屋に斎治達を隠した。そして単身、津の様子を探りに出た。

 津は静かであった。しかし、すでに起きて活動を始めている人もおり、桟橋には立って警備している兵士も見えた。

 『酒を飲まなかった奴がいるのか……』

 和交政は津に待機させていた部下と接触した。彼らによると、やはり遠慮して酒を飲まなかった兵士は少ながらずいたらしい。

 どうすべきか。和交政は判断に迫られた。このまま津に入って強行突破するか。それとも別の方法を考えるべきか。

 『強行突破しては騒がれては、海に出て追撃されてしまう』

 追撃されては武装をもっていないこちらが不利になる。和交政は、斎治達に隠れてもらっている納屋のある浦に、小型の舟が停泊しているのを思い出した。

 『あの舟があれば、沖に停泊しても主上達を乗せることができる』

 和交政が脱出用に使おうと考えていた船は大型の商船である。海流の激しいこの近辺の海域では最適なので選んだのだが、桟橋もない浦には入ることはできず、沖に停泊するしかない。しかし、小舟があれば沖に漕ぎ出して接舷し商船に乗せることができる。

 「すぐに商船を出して東の浦の沖に停泊させろ。私は主上達と小舟に乗って接舷する」

 急げ、と命じると、部下達は桟橋に走っていった。和交政も東の浦に戻った。納屋の前には北定と千綜が見張りに立っていた。

 「どうであった?」

 「北定様。津はすでに活動している人がおります。ここは無理せずに、この沖で船に乗りましょう。すでに脱出するための商船はこちらに向かって動かしております」

 「うむ。では、あの小舟で沖に出るのだな?」

 「はい。小さい舟ですが、五人は乗れましょう」

 「では早速に。主上、参りましょう」

 北定が納屋に向かって声をかけた。納屋からそろりと斎治と阿望が出てきた。

 浜に打ちあがっていた舟を和交政と千綜が海上に押し出すと、斎治は海に足を濡らしながら舟に乗り込んだ。その斎治は阿望の手を取って彼女を舟に引き込んだ。続いて北定が乗り、和交政と千綜が二人がかりで船をさらに沖に向かって押し出した。舟が海に浮かぶと和交政と千綜も乗り込んだ。

 「私も櫂を握りましょう」

 千綜はそう言って片側の櫂を手にして漕ぎ出した。千綜は貴人とは思えぬほどの力で力強く櫂を動かした。

 『これならば大丈夫だろう』

 浦の方を振り向いても追手はない。西側を見ると、商船がこっちに向かっているのが見えた。

 「千綜様。この辺りで停まりましょう。この先は海流が強いので小舟では流されます」

 「承知した」

 漕ぐのをやめて海上を漂っていると、商船が近づいてきた。和交政達は再び漕ぎ始め、商船に接舷した。

 「お待たせしました」

 船上から梯子が降ろされた。先んじて和交政が昇り、斎治、阿望、北定と続き、千綜が最後に船上の人となった。

 「ふう。これで一安心だな」

 斎治が感無量とばかりに深く息を突いた。

 「追手が来ました!」

 和交政の部下が叫んだ。哭島の方向から小舟が数隻、こちらに向かってきていた。

 「逃げ切れるか?」

 「逃げ切ってみせます」

 和交政は、斎治の不安を払拭するために言ったが、内心には焦りがあった。和交政達が乗っている商船は大型の帆船であり、相手は小舟である。風が吹けばこちらの方が速いが、風が凪いでいる状態では、小舟の方が速くなる。

 『風がやや弱いか……』

 帆の状態を見て和交政は判断した。部下達に甲板の下に下りて艪を漕ぐように指示し、自らは弓を手にした。それを見て、千綜も立てかけてあった弓を手にして矢筒を背負った。

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