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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
372/960

泰平の階~52~

 斎治と対面した翌日から和交政は御所から津までの抜け道を捜した。一週間ほどして抜け道の目途はついたが、問題はあった。

 「抜け道の件はそれでよしとしても、羊氏の兵をどうするかだな」

 脱出についての打ち合わせをする相手は北定であった。和交政は北定と接するたびに、彼の胆力に感心した。費俊といい北定といい、斎治の周囲には貴族にしておくには惜しい人材が揃っていた。

 「羊氏の兵は全員で三十三名おります。それぞれ御所の周辺と津を警備しております」

 「主上も我らも、限定的だが御所の外での自由が許されている。しかし、常に羊氏兵士の耳目がある。これを黙らせないと、脱出はままならない」

 三十名ほどの兵士を片っ端から切り捨てるのは不可能であるし、味方に引き入れるのも困難である。

 二人は膝を突き合わせて思案した。和交政は考えても考えても案が浮かばなかった。

 「和交政。酒を用意できるか?」

 しばらくして北定が口を開いた。

 「お時間をいただければ」

 「古典的ではあるが、こういう時の常套手段だ。和交政、酒を調達すると同時にもうすぐ阿望様の誕生日であると吹聴しろ」

 「え、阿望様の誕生日が近いのですか?」

 「知らん。島の者達に酒を飲ます口実だ。当然、主上にも阿望様にもそのつもりで振舞ってもらう」

 要するに阿望の誕生日を口実にして宴席を設け、集落の住民に酒を振舞いつつ、兵士達にも酒を飲ませてしまうという魂胆である。

 「なるほど……。しかし、兵士達は酒を口にするでしょうか?」

 「する。そのために私と阿望様は住民や兵士達を懐柔し続けてきたのだ。そちらのことについては任せてもらおう。それで、酒はどのぐらいで用意できる?」

 「二週間いただければ」

 「よし。決行は二週間後だ。そのことを費俊にも伝えておいてもらいたい」

 必ず、と和交政は立ち上がった。二週間という時間は決して長くはなかった。


 その日がやってきた。和交政は仲間達と協力して朝から酒を運び込んだ。羊氏の兵達には事前に説明しておいたので、慌ただしく津から集落に酒を運搬しても怪しまれることはなかった。

 「さてさて、今日は阿望様の誕生日。今日ばかりは多少の騒ぎもお目こぼしをお願いします」

 和交政は津の警備所にも酒だるを置いていった。兵士達は建前上険しい顔を崩さなかったが、口元はほころんでいた。娯楽のない島で酒を飲むことは彼らにとっては数少ない楽しみであった。

 「集落の者共も、今日は阿望様の誕生日を祝ってくだされ」

 北定も夕暮れになると、集落に下りてきて、自ら柄杓を手にして住民に酒を振舞った。日ごろから住民を慰撫しているので、彼らは何ら疑うことなく酒だるの前に列を作った。

 また御所を警備している兵士には斎治や阿望が酒を振舞った。最初、流石に彼らは固辞したが、

 「あら?あなた達は私の誕生日を祝ってくださらないの?悲しいわ」

 阿望がしなるような媚態をもって酒を勧めると、兵士達はにやけながら阿望の酌を受けた。

 島全体が宴となった。千綜も集落に下りてきて得意の槍で演武を披露し、兵士達も千綜の見事な演武に拍手し、自分達も剣や槍を手にして舞い始めた。御所では阿望が箏を弾き、それに合わせて斎治が詠った。この数刻後に、脱出行が行われるなど想像もできないほど宴は大いに盛り上がった。

 夜が更け、日付が改まった。住民達の多くは家に戻って眠っており、兵士達も兵舎に下がっていびきを立てていた。寝ずの番をしているはずの御所警備の兵士達も、槍を抱えたまま崩れ落ちていた。

 「こうも上手くいくとは……」

 和交政はやや拍子抜けした。梃子でも飲まぬ兵士もいるだろうと予想していたが、ほぼ全員が振る舞い酒を口にし、酔い潰れていた。

 「彼らかすると酒は数少ない娯楽であるし、不満のはけ口もないからな。こういう時に羽目も外したくなるのだろう」

 北定は当然と言わんばかりであった。ちなみに北定達は酒を一滴も飲んでいない。怪しまれないように杯を口にしていたが、中身はすべて水であった。

 「しかし、これからでございます」

 「そうだな。さて参ろう。酒で眠っているとはいえ、日が昇る前に船に乗らねばなるまい」

 北定は小さく手を打った。着の身着のままの脱出である。斎治達も身軽な衣装に着替え、すぐに動ける準備をしていた。

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