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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
371/964

泰平の階~51~

 斎治は阿望が持ち帰ってきた書状を丹念に読んだ。

 「間違いない。筆跡は費俊のものだ」

 斎治はもう一度通読すると、北定に渡した。

 「では、阿望様が出会った男は、費俊の同志ということでしょうか」

 北定も書状を読んだ。筆跡や文章の言い回しは確かに費俊のものであった。

 「そうだと思います。武人や貴族ではないでしょうが、気品のある若者でした。信じて良いと思います」

 阿望の眼力は確かである。彼女が言うのであれば、信じられる相手であろう。

 「費俊はここを脱出する時期だと書いてあるが、北定はどう思うか?」

 費俊の書状によれば、少洪覇と赤崔心が息を吹き返したようである。正直な感想としては、条国が混乱の極みに達しているとは言い難い。しかし、流石にこの時期を逃せば、斎治が衆望を集めて天下に号令する好機を逃してしまう。慎重に時世の趨勢を見極めるのもここまでであろう。北定は思い定めた。

 「時期かと思います。ここで出なければ、一生この島で人生を終えることとなるでしょう」

 「時として乾坤一擲の勝負に出ることも必要か。よかろう。まずはその男に会わねばなるまい。手立てはあるか?」

 「阿望様のお話から察するに、その男が本土からやってきた商人でありましょう。堂々と哭島に来たということは羊氏に認められた人物であることは間違いありません。そうなれば容易いことでしょう」

 商人であるならば、用立てがあるとして招けばいい。北定は早速自ら集落に赴き、島に来たばかりの商人達と接触して御所に来るように申し付けた。


 その晩である。和交政は単身で御所に向かった。

 「商用でございます」

 御所を警備する兵士は素直に通してくれた。今はまだ羊氏と昵懇の商人である。その立場を存分に活かすことにした。

 御所と通じる道を上っていくと、篝火が見えた。その隣に一人の男が立っていた。

 「和交政ですかな」

 やや老境に差し掛かったぐらいだろうか。温和の顔つきであるが、目には鋭い光が宿っていた。

 「北定様……ですか?」

 「いかにも。主上がお待ちです」

 北定が先頭に立って中に案内してくれた。本来であるならば和交政は身分の違いから庭先に回らねばならない。しかし、斎治の計らいによって御所にあがることが許された。

 奥に進むと広間に通された。上座には高台があり、北定はその高台に傍に座った。和交政は遥か下座。

 しばらく待っていると、静かな足音が聞こえてきた。はっとして平伏すると、広間に誰かが入ってきて高台に座った。和交政は床に額をつけるほど頭を下げた。

 「主上、かのものが和交政です」

 北定の声がした。自分のすぐ近くに斎公がいる。そう思うだけで、和交政は感動に打ち震えた。

 「和交政、直答を許す。面をあげよ」

 豊かな声色がした。斎公の声だ。そう思うと、緊張が走り顔をあげられなかった。

 「どうした、和交政。主上の特別のお許しだ。面をあげよ」

 これは北定の声だ。幾分か心が落ち着くと、和交政はゆっくりと顔をあげた。

 高台の上に貴人が座っていた。凛とした気品に満ちた竜顔であった。そのすぐ隣には美しき阿望夫人。そして高台の下の両隣には北定と若武者のような男が座っていた。

 「緊張するには及びませんよ、和交政。お気楽になさってください」

 阿望が優しく声をかけてきた。斎治もその優しさにつられるように微笑した。

 「左様だ。余は斎公かもしれぬが、今は流刑に処されたただの男だ」

 斎治は自嘲するように笑った。和交政は笑うことができず、落涙した。

 「さて、和交政。そなたが費俊と行動を共にしているのは分かった。しかし、どのようにして脱出するのか?」

 斎治が直々に下問した。和交政は涙を拭いて言上した。

 「私達はまだ羊氏と誼のある商人と思われておりますので、皆様に多少窮屈な思いをしていただく必要はありますが、島から出るのは我が商船を使えば容易いです。しかし……」

 「ここから脱出することの方が難しいか……」

 「はい。北側は断崖になっておりますので、こちらはまず使えません。そうなると、やはり集落を抜けて南側の津へ向かうしかありません」

 「抜け道を捜すほかないと言うわけだな。和交政、頼めるか?今はそなたしか頼れる者はおらぬ」

 斎治に直々に言われれば、否とは当然言えなかった。和交政は感動に震えた。

 「勿論でございます。この和交政、必ずや主上をここから脱出させてみせます」

 頼みましたよ、と阿望も声をかけてくれた。和交政は命を賭けるべき時と来たのだと思えた。

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