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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
369/958

泰平の階~49~

 闇夜に乗じて果常に接近した千山軍は、敵味方の識別のためにいずれも白い襷をしていた。劉六はここで軍を二つに分けることにした。

 「一手は果常の南へと回れ。これは江文至が指揮する」

 江文至は黙って頷いた。

 「もう一手は北から攻める。こちらは結十様と私で指揮する。北側の部隊は廃屋に火をかけるから、南部隊はそれを見てから突撃するように」

 もう一度黙って頷いた江文至は兵士を率いて出発していった。

 「火をかける者は東の廃屋に火をつけるように。この時間帯は西から東に風が吹いている。だからそれほど延焼しないはずだ」

 果常を火の海にすると味方にも被害が出る。それを避けるためにあまり延焼しない方法を取ることにした。

 「西はどうするのだ?」

 結十が訊ねてきた。

 「何もしません。敵の逃げ道とします。退路がなくなれば、敵は窮鼠となって猛攻してきます。そうなれば我らの損害も無視できなくなります。逃げ道がある方が敵の気は緩みます」

 「なるほど、理解した。では、我々も行くとしよう」

 結十も部隊を動かし、果常に迫った。しばらくしていると、南方の空に小さな火球が天にあがった。江文至軍の準備が完了した合図である。

 「よし!火をかけろ!」

 結十が号令を出すと、弓兵が火矢を東に向かって射掛けた。火矢が次々と廃屋の屋根や壁に突き刺さり、延焼を始めて周囲が急に明るくなっていった。

 「かかれ!」

 結十が剣を振り上げて叫ぶと、兵士達が一斉に駆け出していった。劉六はその場に残り、戦況の全貌を俯瞰し、指示を出すことになる。

 「ま、指示を出すまでもないだろうが……」

 敵軍が気が付いている素振りはまるでなかった。敵が逃げ出すのをじっと待つだけであろうと劉六は目の前に広がる火の海を眺めていた。


 戦いの趨勢は、劉六の脚本どおりに進んだ。少洪覇との戦いで疲れ切っていた何行白軍は夜襲への備えを完全に怠っていた。火の手が上がり、南北から千山軍が突撃してくると、何行白軍は完全に浮足立った。組織的な抵抗などできず、西側に退路があると分かるとそちらの方へと殺到していった。

 「逃げる敵を追う必要はありません。今は逃げるがままにしておくのがよろしいかと」

 事前に劉六は結十と江文至に言い含めておいた。劉六の戦術の根幹は、敵をより多く倒して勝つことではなく、味方の損害を最小にして勝つことであった。夜が明けるのを待たずして、何行白軍は全軍撤退していった。


 翌日の昼になると、少洪覇が軍を率いて果常近郊にやってきた。

 「いや、見事な軍略!流石あの尊夏燐を退けたことのある男だ」

 少洪覇は劉六の手を取って称賛した。

 『これは少洪覇か……』

 劉六は少洪覇を見上げた。随分と背の高い若者で、いかにも武芸に秀でた武人という感じであった。

 「さて、いずれ斎興様にはお目通りさせていただくとして、これから我らはどうすればいいのだろうか?一層のこと、斎興様を担いで慶師へと押し出そうか」

 少洪覇は大いに笑った。結十も微笑して応じたが、劉六は首を振った。

 「今は楽に勝てましたが、次からはそうもいきません。先の敵軍は所詮、赴任する最中に軍をかき集めた程度にすぎません。次は栄倉から正式に我らを討伐する軍がやってきましょう。下手をすれば条公に与する者達すべてを相手にしなければならなくなります」

 戦略面では劉六は決して楽観することはなかった。仮に斎興が言うように、斎治の脱出が成功すれば、情勢は大きく変わるだろう。しかし、それがいつになるか分からず、ましては成功しなければ、条国のすべてを夷西藩と千山だけで相手をしなければならなくなる。

 「も、勿論だ。すぐにでも斎興様にお目にかかり、善後策を検討したい」

 少洪覇は劉六の忠告を聞いて言葉を改めた。多少粗忽なところはあるが、他者の意見を聞く度量はあるらしい。

 「では、このまま千山へお越しになりますか?」

 結十がそのように提案すると、少洪覇はしきりに頷いて同意を示した。

 「すべては劉六の言うとおりだ。時は一粒の金よりも貴重だ。千山へと急ごうとするか」

 少洪覇は劉六達と千山へと赴くことになった。劉六も千山へ帰還することになり、その道中に周辺の地形を見聞しながら、条国軍を迎え撃つ手法を思考していた。

 

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