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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
36/958

黄昏の泉~36~

 泉春宮を強襲した景晋の部隊を鎮圧した相房であったが、まだ終わってはいなかった。反乱の首謀者である景政は自らの屋敷に籠もり、交戦の構えを見せていた。東門を突破してきた五十名ほどの兵士が加わっており、侮れぬ兵力となっていた。

 「残存兵力を討伐して参ります。主上は宮にてお待ちください」

 本来ならば近衛兵長である相季瑞の仕事であったが、とても使い物になりそうになかったので、引き続き鎮圧の指揮は相淵が取ることにした。しかし、

 「余が行こう」

 相房が徐に言った。相淵としては兄がどういう思いでいるか察することができるだけに、咄嗟に制止することができなかった。

 「主上。それは臣にお任せください」

 「余が行かねばなるまい。そうでなければ政に悪い。淵は宮城の守備を頼む」

 相房は鎧を持って来させていた。

 「主上がそこまで仰るのでしたら。ぜひ湯瑛をお連れください」

 相淵が言うまでもなく湯瑛が忠犬のように相房の傍に傅いていた。相房は無言で頷き、鎧を身につけると早々に出撃した。


 相房軍の兵力は約二百名。泉春宮に程近い景政の屋敷を瞬く間に包囲した。

 景政の屋敷には無数の松明が焚かれ、屋根の上には弓兵の姿もあった。臨戦態勢にあったが、屋敷の規模を考えると、中にいる兵士の数はそれほど多くないだろう。

 「主上。一気に押し込みましょう」

 湯瑛がそう提案してきたので、相房は無言で首肯した。湯瑛が総攻撃を命じると、相房軍は四方から一気に攻めかかった。水をも漏らさない重厚な包囲陣である。しかも兵力数に大差があるとなれば、相房軍の圧勝は疑うまでもなかった。相房軍の兵士達は次々と兵を乗り越え、あるいは壁を破壊し、屋敷の内部に雪崩れ込んだ。

 それでも景政軍は奮闘した。泉春宮に攻め掛かった景晋の部隊と同様に彼らは死を恐れていなかった。とりわけ庭から玄関先に陣取っていた景政軍の奮戦は凄まじく、一度は相房軍を怯ませ後退させたほどであった。その光景を目にして激怒したのは湯瑛であった。

 「大軍を擁しながら小勢に押し返させられるとは情けない!それでも相公に従う武人か!」

 我が行く、と湯瑛は自ら戟を振るい、敵陣に突入していった。味方の兵士を押し倒すようにして前に出ると、戟を一振りすると同時に三人の兵士の首を刎ねた。

 これに勇気付けられた相房軍はどっと前進した。景政軍はそれで崩れ、組織的抵抗は終わりを迎えた。建物内部に侵入した相房軍はひと部屋ごと虱潰しに捜し、ついには鎧姿の景政を見つけた。景政は抵抗する素振りもなく、相房の兵士にされるがままに捕縛され連行された。

 景政は後ろ手を縛られたまま外で待つ相房の前に引き出された。膝を突き、支えられず倒れこんだ景政の前に相房が立ち塞がった。

 「政よ。どうしてこのような真似をした。何が不服であった」

 「不服なことなどない。ただ公に取って代わってみたかっただけのことよ」

 「老いの野心か……」

 相房は景政の言葉を信じていなかった。景政がそのような男ではないことは相房が一番良く知っていた。だが、同時に本心も言わぬであろうと思っていた。

 「政。余とお前の仲だ。お前が罪を認めれば、命は助けてやるぞ」

 景政は命乞いなどしない。それも相房は分かっていることであった。しかし、相房としてはどうしても聞かざるを得なかった。

 「命などとうにないと思っている。晋がすでにない以上、私が生きていても仕方あるまい」

 景政がぐっと奥歯をかみ締めた。いかん、と湯瑛が叫ぶと景政に飛び掛かり、口に手を突っ込んだ。しかし、時すでに遅く、景政は口から血を流し、ぐったりと力なく頭がさがった。

 「毒のようです。もう事切れています」

 湯瑛は言った。相房は目を閉じると、首を切れと静かに命じた。


 翌日、相房の前に景政と景晋の首が並べられた。改めての首実検となった。

 「梟首としましょう。国主に逆らう者はこうなると世間に晒すのです」

 と主張したのは、相史博であった。警執である彼は、今回の騒擾に関して責任はあるが、当夜は泉春宮を抜け出し、街の娼館で複数の娼婦を侍らせお楽しみであった。騒擾を知った時にはすでに鎮圧されており、面目はまる潰れであった。それだけに事後処置については強硬であった。

 相房は相史博を睨みつけ黙らせた。

 『兄上は悲しんでおられる……』

 相淵は明敏に相房の心情を察していた。相房は間違いなく景政に友誼を感じていた。泉弁を弑逆し、自らが泉国の国主となれたのも、景政の黙認があったからこそだと思っていた。

 相房と景政の付き合いはそれ以前からのものあった。景政の黙認は、景家の主流派になるための打算ではなく、長年の友誼からだと相房は感じていた。だからこそ景政への恩賞は功労というよりも友誼からによるものであった。しかしその友誼は相房からの一方的なものであり、景政自身は相房に対してなんら友誼を感じていなかった。それが相房には悲しいのだろう。相房に長年付き従ってきた相淵には痛いほどその気持ちが理解できた。

 「主上。謀反人ではありますが、国家に功績のあった臣です。市井の罪人と同様に扱うのはいがかでありましょう」

 相淵としてはそう言うのが精一杯であった。

 「梟首は一日だけとする」

 相房は短く言い渡して席を立った。そして相房が景秀が牢から消えたことを知るのは、その日の夜のことであった。

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