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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
357/959

泰平の階~37~

 円洞と条守全が条高の御前に進み出ると、条高は珍しく絵を描いていなかった。書見をしているようであったが、背表紙の題字を読んでみると、どうやら画集のようであった。

 円洞が代表して、先ほど条守全と話し合ったことを告げると、条高は画集を閉じつつ、思案するように天井を眺めていた。そしてしばらくして、

 「同じ戦場に立っていたわけではないのだから優劣はつけられまい。美女の絵と武者絵の優劣を争うのと同様だ」

 また絵画に例えた、よく分からない判断を下した。要は優劣をつけるな、ということらしい。

 「ひとまず夷西藩を我が直轄地として、尊毅の本貫地近くにあった直轄地を尊毅に与えよ」

 それは円洞も考えていた。夷西藩の管理運営は少々骨が折れようが、これを得れば尊毅に与える直轄地を手放しても十分補える収入が入る。円洞はちらりと条守全を見た。彼は無言で頷くことで賛同の意を表した。

 「尊毅にはそれでよいとしまして、新莽は如何致しましょう」

 「新莽については考えがある。余に任せよ」

 条高は意味ありげにかすかに笑って見せた。


 栄倉に帰還した新莽は、多少の不満を抱えながら、栄倉にある屋敷で日々を過ごしていた。不満の種は明確である。

 『どうして尊毅にだけ恩賞の沙汰があるのに、俺にはないのか』

 新莽だけではない。付き従ってくれた属将達にも何ら沙汰がなかった。尤も、丞相条守全の名前で、

 『追って沙汰を申し付けるから、栄倉でしばらく待つように』

 という布告がなされており、面と向かって異議を申し立てることもできなかった。

 「これはきっと丞相閣下の依怙贔屓ですよ!」

 新莽に代わるようにして怒りを顕にしているのは、甥の魏介であった。他家に嫁いだ長姉の子供であるが、父を早くに亡くしたことから新家で育てられ、新莽のことを兄のように慕っていた。

 「丞相は尊毅の岳父だから、贔屓しているのだ。これではもはや栄倉宮の政治に正義はない!」

 「口を慎め。魏介」

 「しかし……」

 「条公の武人である以上、主上の沙汰を批判してはならん。それに武人が過度に恩賞をねだるのは見苦しいだけだ」

 魏介は尊敬する叔父に叱責され項垂れた。新莽は叱ってはみたものの、魏介が今回の戦で抜群の働きを見せただけに、無念に感じる気持ちは理解できた。

 『せめて主上には我らの働きを知っておいていただきたい』

 直接条高に目通りを願い出ようか、と思案していると、その条高から宴席の誘いがあった。

 「主上は新莽殿から今回の戦の仔細を直接聞きたいと申しております。明日の夜、ぜひ離宮へとおいでください」

 条高の使者は新莽の屋敷を訪ねると、そう告げた。新莽だけではなく、その場にいた誰しもが喜んだ。

 「殿。主上からの直々のお誘いとなれば、よき恩賞が期待できます」

 「魏介。そのように喜ぶな。はしたないぞ」

 新莽は窘めながらも、期待せずにはいられなかった。条高が直々に使者を出して宴席に召すというのは、同じ趣味を持つ人物以外では極めて珍しい。新莽のような文化人の片鱗もない武人が個人的に召されるのは、おそらく例のないことであった。

 「ご使者殿。我が甥も連れていきたいのですが、今回の戦では目も覚めるような働きを致しました。ぜひとも主上にその活躍を主上にお聞かせしたいのです」

 「殿……」

 魏介が嬉しそうに言葉を漏らした。魏介からすると初めて条高に目通りできるのである。

 「構わないでしょう。さっそく戻り、主上に申し上げておきます」

 使者は柔らかい口調で即答した。新莽と魏介も慌てて準備を始めなければならなかった。


 翌日の夜、新莽と魏介は、連れ立って条高の離宮を訪ねた。離宮は栄倉の郊外にあり、条高に親しい者でないと招かれることはなかった。二人は到着すると、多くの篝火に照らされた離宮の門は大きく開かれ、門前には家宰の円洞が迎えに待っていた。

 「これは家宰殿……」

 円洞を認めると、慌てて下馬した新莽に、円洞は微笑をもって応じた。

 「今宵の賓客は貴殿です。畏まることはありますまい。ささ、魏介殿も中に」

 円洞に声をかけられて魏介は顔を紅潮させた。魏介からすれば、円洞ですら雲上人であった。二人は円洞に案内され、条高に対面した。

 「新莽、この度の働き見事であった。魏介も働き存分と聞く。ぜひともそれらのことを物語りながら、今日はゆっくり過ごせ」

 条高は実に上機嫌であった。新莽だけではなく、魏介にも声をかけられた。魏介などは感涙し、嗚咽を漏らすほどであった。

 「さて、堅苦しいことはここまでだ。準備を致せ」

 条高が手を打つと、女官達が膳と酒を運んできた。新莽と魏介は条高の左右に座らされた。

 宴が始まると、条高は魏介から話を聞きたがった。魏介は求められるままに戦場での武勇伝を語り、条高を喜ばせた。

 「なんと我が臣下に魏介のような豪の者がおったとわな。ほれ、女共、若武者にもっと酌をせんか」

 と言いながらも条高は自ら魏介の杯に酒を満たした。酒を受ける魏介の手が震え、酒をこぼしてしまった。

 「ご、ご無礼を!」

 「はは、よいよい。気にせず飲むがいい。今宵はそなた達が主客で余がもてなす側だ。ささ、飲め飲め」

 魏介は条高に勧められるままに杯を乾かした。それを見て条高はさらに酒を注いでくれた。新莽はその姿を見ながら、我が世の春が来たことを実感していた。

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