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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
354/962

泰平の階~34~

 翌々日の朝。ついに尊夏燐軍は千山近郊の南側に姿を見せた。

 「あれが千山か……」

 条国西方への知識がない尊夏燐は、千山とはどれほどの田舎かと思っていたが、その先入観は捨てねばならなかった。

 「なかなか立派な城壁じゃないか。攻城用の兵器を持ってくればよかったかな」

 遠方から眺めている尊夏燐は、真っ向から攻めるのは容易ではないと考えを改めた。

 「敵を外に出て誘引させて撃滅しますか?」

 副官が進言したが、尊夏燐は首を振った。

 「いや、あれを見ろ」

 尊夏燐は城壁の上を指さした。城壁で見張りをしている兵士達は、いずれも鎧とは思えぬほど貧相な装備をしており、中には老女もいた。

 「ふふ、千山では君主たる毛僭が逃げだしたという。住民も兵士も多くが逃げ出したのだろう」

 猛攻すれば敵はさらに逃げ出し、投降してくる兵士も出てくるだろう。尊夏燐はそう睨んだ。

 「明日、猛攻を仕掛ける!総員、準備しろ」

 尊夏燐は自信満々に命令を出した。


 一方の劉六は、尊夏燐が眺めている城壁の上で敵軍の陣容を見下ろしていた。

 「ふむ……」

 劉六は画板に紙を置き、克明に敵の陣容を書き記した。それだけではなく近隣の地形も描き、それをもってしてどうすべきか考えた。この辺りも同時代の二人の軍事的天才とは異なるところであった。

 『敵はこちらが予想したとおりの位置に布陣している』

 こちらを侮り、明朝には攻撃を仕掛けてくるであろうから、夕刻にはもう少し近づいてくるだろう。劉六はそこまで予測していた。

 「兵士達には飯の準備をするように。但し、炊飯をしてはならない。干し肉などの調理を必要としないもので済ませるように」

 劉六は潘了を通じて兵士達に命令した。炊飯を禁じたのは、炊飯の煙が複数上がれば、こちらに攻撃する意図があることを敵に知られてしまうからであった。

 「それと長老達にも例の作戦を行うように伝えてくれ。詐欺みたいなものだが、これがうまくいかなければ私達の勝ちはない」

 劉六のやろうとしていることは、戦略でも戦術でもなかった。謂わば偽計であり、それを平然と行うことこそが武人ではない劉六の恐ろしさであった。


 夕刻になり、明日の総攻撃に向けて準備をしていた尊夏燐軍の陣営に白旗を掲げた使者が姿を見せた。

 「降伏の使者だと?」

 尊夏燐は、本陣で副官達と最後の打ち合わせをしていたが、それを一旦中断させた。

 「はい。千山の長老達です」

 「長老どもがか……」

 邑における長老といえば、住民達の代表であり、時として統治者よりも力を持っている。千山の主であった毛僭が逃亡したとなると、彼らが今の千山を治めているのだろうか。尊夏燐はひとまず会うことにした。

 「毛僭は逃げ出しましたが、その残党どもが戦う意思を見せております。しかし、我らは禁軍と戦うつもりはありません。謹んで将軍の意に従うつもりであります」

 長老の代表者が恭しく言上した。

 「そうか。ならばすぐにでも我らは入城しよう」

 「それはお待ちください。実は残党どもが一部住民を人質のようにして毛僭の屋敷に立て籠っておるのです。今、将軍の軍が入城すると、残党どもは逆上して人質を殺すかもしれません」

 「それで?」

 「一晩お時間をいただけないでしょうか?我らが説得し、武装解除してみせます。しかし、一晩立っても彼らが降伏しなければ、将軍のお力を借りたいと思います」

 尊夏燐はしばらく沈思した後、副官に意見を求めた。

 「お受けすべきです。無益な殺生をせずに千山を得られるのなら、それに越したことはありません」

 尊夏燐も尤もだと思った。

 「一晩だけ時間をやろう。不埒どもを説得して、私の前に連れてこい。それができなければ、昼を待たずして千山は戦場になると思え」

 「ははぁ」

 長老達は恐れるようにして平伏した。しかし、隠した顔で密かにほくそ笑んでいることを尊夏燐は知る由もなかった。

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