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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
349/964

泰平の階~29~

 組織された毛僭軍は、義勇兵と徴兵された兵士を含めて総員で五百名になっていた。その頂点に立つ僑紹は、一軍の将軍となれたことに浮かれ、顔を上気させていたが、劉六は不安でならなかった。

 『近隣を制圧するにしても少なすぎる』

 五百名いれば、近隣の邑をひとつぐらいは取れるだろう。しかし、それを維持して他の複数の邑を攻略していこうとなると、五百名という兵士数はあまりにも少なかった。そのことについて僑紹に疑問を呈すると、

 「大丈夫だ。千山以外にも毛家に心寄せる者は多い。我らが行動すれば、きっと彼らも決起してくれる」

 僑紹は自信満々であったが、その行き当たりばったりの戦略に劉六はさらに不安を募らせた。

 「それにな、夷西藩で少洪覇殿が決起している。すでに使者を送って、同盟を申し込んでいる。上手くいけば、失地以上の領土を得られるかもしれない」

 僑紹は明らかに浮かれていた。夷西藩との連携はともかくとして、失地以上の領土を得ようと言うなどとは妄想でしかなかろう。

 『これはどうにも忙しくなるかもしれんぞ』

 拠点となる陣に野戦病院の準備を始めた劉六は、沸々と湧いてくる嫌な予感を自分の中に封じていた。自分は所詮医者だ、戦についてあまり口出しするまいと思いなおしていた。ただ負傷兵が多くなるだろう覚悟はしておくべきだろうと気を引き締めた。

 「僑秋。軽傷者の処置は君に任せる。今の君なら十分に対処できる」

 「はい!頑張ります!」

 自ら進んで従軍してきた僑秋は、すでに一人で患者を診ることができるほどに成長している。ある程度のことは任せることにした。

 「江文至は重傷兵の搬送を行って欲しい。最悪の場合、千山に送らねばならん」

 江文至は無言で頷いた。無口な大男も、劉六が何も言わずとも従軍していた。

 『できることなら、私達の出番がない方がいいんだが……』

 最低限の準備を終えて天幕を出ると、僑紹に率いられた部隊が意気軒高と出撃していった。一抹の不安を感じながらも、劉六はその隊列を見送った。


 夷西藩と千山の反乱鎮圧を命じられたのは尊毅であった。彼は約五千名の兵を率いて西へと向かった。

 「まったく、新莽の野郎は美味しいところを掠め取って行きやがって」

 尊毅の副将として付き従う尊夏燐は不服そうであった。当初の話では、尊毅の岳父である条守全によって赤崔心討伐を命じられる予定であったが、新莽が条高の言質をもって横取りしていったのだ。

 「まぁ、そういうな。これも立派な任務だ」

 尊毅は血気盛んな妹をなだめた。尊毅としても多少の口惜しさはあったが、征旅に出ればそのような感情は関係なかった。

 「でもよ。赤崔心の方が近いし、歯ごたえがあるじゃねえか。こっちは遠いし、寄せ集めの烏合の衆だし……」

 「油断するなよ。千山はともかくとして夷西藩の少洪覇は武勇に優れているという。相手を軽く見ていると、足元をすくわれるぞ」

 「へいへい」

 尊夏燐は生返事をした。尊毅は苦笑しながら、随行する項史直に馬を寄せた。

 「さて、どう攻める?」

 尊毅は戦略については常に項史直に意見を求めた。武勇については妹に任せ、智謀について項史直に頼った。

 「千山の兵は五百。夷西藩の兵は三千程度ということです。それぞれは大したことないでしょうが、連携されると厄介です。各個撃破いたしましょう」

 尊毅も同意見であった。すでに作戦案も尊毅の頭の中でできあがっていた。

 「夏燐。お前は五百の兵を率いて北に行って、千山の兵を叩いてこい!俺と史直で夷西藩にあたる」

 「ちぇっ。兄貴も美味しいところ掻っ攫っていくんだから」

 「そういうな。色々と余計なことをいう奴がいないんだ。存分に戦ってこい」

 「分かったよ」

 不承不承と言う感じではあったが、戦となれば手を抜かないのが尊夏燐であった。すでに彼女の頭脳も、どのようにして戦うか目まぐるしく回転していることだろう。尊毅は期待して妹を送り出した。

 

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