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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
342/959

泰平の階~22~

 条国国内が沸騰しようとしている。

 それでも栄倉宮は静けさの中にあった。叫ぶ者、取り乱す者などなく、各地から寄せられる凶報に対して淡々と指示が出され、それを伝える早馬が各地へと散っていった。

 しかし、斎治が慶師から脱出したらしいという報せは、流石に栄倉宮の人々を少ながらず動揺させた。丞相である条守全は、円洞を伴って条高に報告をした。

 「安平は斎公を逃したことを恥じ、自裁の許しを願い出ております。如何致しましょう?」

 条守全が報告している間も、条高は紙の上で筆を走らせてた。彼の視線の先には裸形の女性が寝台に横たわっていた。条高の愛妾であり、よく絵の題材となっていた。

 愛妾は人目と言うものをまるで気にしないのか、条高以外の耳目があっても平然としていた。寧ろ豊かな乳房と顕になっている秘所を条守全と円洞に見せつけているかのようでもあった。

 「安平を死なせてはならぬ。もし恥であると思うのであれば、斎公を捕らえることで汚名を雪ぐように伝えろ」

 条高はちゃんと条守全の報告を聞いていたようである。安平を処分することなく、生かすことで発奮させた命令も悪くはない。やはり条高は単なる凡愚ではない、と円洞は思った。

 「それでは早速に……」

 条守全が立ち上がろうとすると、従者が小走りにやってきて、何事から条高に耳打ちした。聞き終えた条高は目を見開いて、きゃっと奇妙な声を上げた。

 「如何なされましたか?」

 円洞が問うと、喜色満面の条高は筆を置いて手を叩いた。

 「聞いて驚け!璧氏の青が発見されたそうだ!」

 璧氏の青。聞いたことのない言葉であった。条守全も同じらしく、きょとんとしている。

 「何だ?知らぬのか?昔、璧氏という絵描きがこよなく愛した青い染料のことだ。巨岩から指先ほどしか取れないことで有名だが、その青は空よりも透き通り、海よりも深いという。近年では取れることがなかったと言われていたのだが、我が国土から出たのだ!」

 おめでとうございます、と寝台で寝そべったままの愛妾が賛辞を言うと、条高は饒舌に続けた。

 それによると、新莽の領有している鉱山から璧氏の青の原料となる巨岩が発掘された。しかし、璧氏の青のことなど分からぬ新莽は、安価でそれを商人に譲り渡してしまったらしい。そのことが商人達の噂になって、条高の下に届いたのである。

 「すぐに新莽を召せ!すぐにだ!ああ!璧氏の青の価値が分からなう猪はこれだから困る」

 酒だ、祝宴だ、と声高に叫ぶと、円洞達の存在を忘れたのか、条高は奥に下がっていった。

 『やはり暗愚か……』

 厳しい声で内心呟いた円洞の隣で、条守全が小さくため息を落とした。


 暖かな日差しが降り注ぐ栄倉の都大路を進む新莽は、気分良く馬の手綱を取っていた。

 『我が春が来たか!』

 条高から直々の招集があった新莽は手を打って領地を飛び出していた。今、条国の各地では乱が多数勃発している。その鎮圧を申し付けられるであろう。新莽はそう信じて疑わなかった。

 「尊毅にはまだ出撃命令が出ていないらしい。俺が先だ」

 従う家臣達にそう言い放った新莽は、尊毅にはまだ出撃命令が出ていないと知ると、さらに喜色を深めた。

 『条公は俺のことを尊毅以上に信頼しておられる』

 そのことが何よりも新莽を喜ばせた。表面的には和睦したとはいえ、尊家と新家は長きに渡り融和と対立を繰り返してきた。新莽の代では対立が続いていた。それだけに尊毅を出し抜いたことが堪らぬほど嬉しかった。

 栄倉宮に入り、条高と対面した。上機嫌に見えた条高はいきなり切り出した。

 「新莽、お前の領地から璧氏の青が出たらしいな。その鉱山を余に譲ってくれぬか?」

 新莽は条高が何を言っているのかまったく理解できなかった。見かねて円洞が丹念に解説をしてくれてようやく得心した。

 『出陣の触れではなかったのか……』

 新莽は激しく失望した。そもそも新莽は自分の領地の鉱山からそのような鉱物が出土したことも知らなかった。だが、すぐに考えを改めた。

 「主上、かの鉱山がある地は、この国がまだ斎と名乗っていた時代より我が父祖が治めていた地。それを献上するのは父祖に対して申し訳が立ちません。しかし、そこから貴重な染料の元が産出されるというのであれば、喜んで主上に献上いたしましょう」

 「ほう。まことか?そうよな、先祖伝来の地であるからな。そう簡単には手放せまい」

 条高は実に嬉しそうであった。

 「その代わりと言ってはなんですが、ぜひとも乱の討伐を私にお任せいただきたい」

 新莽からすれば、璧氏の青などいう染料に興味などなく、なんの価値も見出していなかった。それを献じるだけで尊毅を出し抜いて出陣できるのなら、非常に安いものである。

 「そのようなことで良いのか?ふむ、流石に新莽は武人よな」

 条高はちらっと円洞を見た。円洞は小さく頷いた。

 「よかろう。新莽であるならば乱も鎮圧できるであろう。詳細は丞相と相談するがいい」

 それと今夜は付き合え、と言って条高は席を立った。新莽は深々と頭を下げた。

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