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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
341/958

泰平の階~21~

 慶師脱出を決行する朝。密かに斎慶宮に来た北定は、昨日市場で買ってきた古着を斎治に差し出した。

 「夜になるまでにこの粗衣に袖を通しておいてください」

 古着は斎治の分だけではなく、阿望や付き従う従者の分もある。全員がこの粗衣を着て、

 「なんと畏れ多いことを!主上にこのような粗衣を着せるなどとは!」

 従者の当然のように抗議の声をあげた。そうなるであろうと予期していた北定は、その従者を見ずに斎治に進言した。

 「主上。事が始まった以上、何が何でも成し遂げなければなりません。私としても主上に粗衣を着せるのは本意ではありません。しかし、今はひと時屈辱に塗れたとしても、大望を実現させるための陣痛と思召してください」

 「北定の言うとおりだ。私が成すべきは斎国の再興であり、着飾ることではない。大望に一歩でも近づくのであれば、喜んで粗衣を着よう」

 斎治は進んで粗衣を取り上げ、自ら着替えた。従者が困惑している中、阿望も粗衣を拾い上げた。

 「何をしているのです。お前達も着替えるのです。主上が着替えられてのに、お前達がぐずぐずしてどうするのです」

 阿望が従者に言いはなかった。斎治が粗衣に着替え、阿望にそう言われれば従者達も従うほかなかった。従者達も渋々と粗衣を手にした。

 『流石、阿望様よ』

 阿望を供をする寵姫に選んで正解であった。彼女なら脱出行に不利益になることはないだろう。

 「それでは主上、私は探題に出向いて奴らをかく乱して参ります。すべては手筈通りに。困りごとがございましたら、千綜にご相談ください」

 いち早く粗衣に着替え終えた千綜がいつの間に斎治の傍に侍っていた。千綜は貴族の子弟ながら武勇に優れ、斎治に対する忠誠心も強い。斎治の身辺警護には彼しかないと北定は思っていた。

 「うむ。北定。御身も必ず脱出しろよ」

 「ありがたいお言葉です。必ずや後で合流します。ひとまずは南へと走り、近甲藩を目指してください。千綜、頼むぞ」

 「はっ」

 力強い千綜の返事を聞いた北定は一礼して斎治のもとを離れた。


 斎治達が斎慶宮からの脱出を決行しようとしたその日、探題の長官である安平は、栄倉から丞相である条守全から書状を受け取っていった。

 『斎慶宮の警備を強化し、もし不穏な動きが見られれば、長官の独断で斎公を拘禁せよ』

 書状の内容は、そのようなものであった。

 『拘禁はやり過ぎではないか……』

 安平にも斎治に対する同情心がある。あまり無体なことをしたくなかったので、明日にでも斎慶宮の警備を強化しようと考えていた。そこへ市中を巡回警備していた兵士から報告がもたらされた。

 「斎慶宮で騒擾が起きているようです」

 安平ははっとさせられた。もはや先手を打たれたのではないか、と焦った矢先、次の報告がもたらされた。

 「北定様がお目通り願いたいと来ております」

 「北定殿が?」

 前回の蜂起未遂と同様に斎治の無実を訴えに来たのだろうか。そうであっても二回目となってはかばうことはできない。

 ひとまず北定に会うことにした安平であったが、北定から聞かされたことは少々意外なものであった。

 「斎慶宮に寝泊まりしている盗賊どもが騒いで往生しております。ぜひ兵を出して欲しいのです」

 騒擾の原因はそれか、と安平はひとまず安堵した。詳しい話を北定から聞いてみると、

 「実は従者達が斎慶宮の隠し宝物庫の話をしているのを盗賊どもが聞きつけて、宝物を奪おうと暴れておるのです。今は警備していた探題の兵達が抑えておりますが、とても数が足りますまい」

 どうか盗賊どもを成敗していただきたい、と北定は懇願した。

 「盗賊とはあの岩のような男か」

 岩殿のことは安平も知っていた。厄介な男であり、安平も岩殿が斎慶宮を塒にしていなければすぐにでも踏み込んで捕まえていたとろこであった。

 「心得た。探題の兵を集めろ。斎慶宮へ向かう!」

 安平は号令を出し、自らも鎧を準備させた。

 すぐさま探題を出た安平は百名ほどの兵を率いて斎慶宮へ向かった。確かに斎慶宮は上へ下への大騒ぎであった。斎慶宮を塒にしていた宿無し達も、我先にと逃げ出していた。

 「宿無しは無視しろ。斎公を守護しつつ、盗賊どもを討ち取れ!殺しても構わん!」

 安平も剣を抜いて斎慶宮に踏み込んだ。これを機に岩殿を成敗していしまえと考えた安平は盗賊どもを追い詰めると、悉くその場で抹殺してしまった。夕刻には騒擾を収めることはできたが、同時に斎治達がどこにもいないことにも気づかされた。

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