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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
339/962

泰平の階~19~

 千山での蜂起に後れを取る形で夷西藩の少洪覇も反条公の兵を挙げた。その報告は慶師の北定も知るところとなった。

 『まだ早い!』

 北定からすると、千山や夷西藩の蜂起はまだ時期尚早であった。もっともっと国中が条公への憎しみに満ち、それらが多くの場所で暴発しなければならない。言い換えれば、栄倉にいる連中が斎治の存在など忘れるほどに対応に追われる事態にならねばならないと北定は考えていた。

 しかし、蜂起してしまったのは仕方がない。もはやこの奔流を止めることはできず、仮に止まってしまったら、今度こそ斎治の命は終わるかもしれない。

 『もはや二度目はないのだ』

 前回は費資の命を犠牲にすることで斎治は助かったが、今度は条公も斎治のことを捨て置かないだろう。その前に行動を起こす必要があった。

 『主上にご動座いただかなければ』

 北定は思い立つとすぐに斎慶宮に走った。斎治に目通りを願うと、すぐに許された。北定が伺候すると、斎治の傍には費俊がいた。

 『費俊め……』

 北定は苦々しく思った。今回の各地の蜂起は費俊が仕組んだのだろう。費俊の方も北定に対して好意的な目で見ていなかった。

 「おお、北定も聞いたか。千山では毛僭が、夷西藩では少洪覇が決起した。いよいよ余も立つべきではないだろうか?」

 斎治は実に嬉しそうであった。斎治は浮かれている。ますます釘を刺しておく必要があった。

 「主上、畏れながらご動座いただかなければなりません」

 「動座とな?」

 「はい。確かに千山と夷西藩は蜂起しましたが、まだ十分ではありません。もっと国内が湧き立たなければ、条高の世を崩すことはできません」

 「どういうことでありましょうか?」

 費俊は丁寧な口調であったが、怒気を孕んでいた。

 「前回、蜂起未遂のせいで栄倉の連中が主上の動向を気にしております。今回の蜂起に直接的に関わりがなかったとしても、奴らは主上を巻き込むことを恐れましょう。要するに連中にとって最も恐ろしいのは、主上がそれらの乱の頂点に立って糾合することです。それをさせないためにも主上の自由を奪う暴挙に出るでしょう」

 北定がここまで言うと、流石に費俊は顔色を変えた。費俊は決して愚鈍ではない。千山と夷西藩の蜂起成功に浮かれていて、斎治が危うい立場に立たされたことに気が付いていなかった。

 「動座とはいえ、何処に動座すると言うのですか?」

 費俊が北定に問うた。費俊は自分の主張に固執せず、柔軟に対応する意思がある。その点は兄である費資よりましであろう。

 「そのことだ。その点は諸国を歩いてきた費俊の方が詳しかろう」

 半分は皮肉であったが、北定には斎治が安住できる場所が思いつかなかった。

 「烏道は前回の蜂起で日和ったから駄目だ」

 費俊は北定を睨んだ。皮肉を皮肉で返してきたが、北定は気づかぬふりをした。

 「近甲藩の佐導甫はどうでありましょうか?」

 「佐導甫か……」

 費俊が出したその名前を北定も知らないわけではなかった。慶師に近い近甲藩の藩主で、斎慶宮の修復にも多額の献金をすることもあった。

 「彼が主上に同情的ではあるが、条高にも近い」

 佐導甫は当代でも並ぶものが少ない風流人で、歌舞音曲を愛した。その点で条高とも気が合い、個人的に親密なのは有名な話で、北定の懸念はそこにあった。

 「ですが、他に適任者がおりましょうや。まさか夷西藩まで動座するわけにはいきますまい」

 「当たり前のことだ」

 もはや費俊を相手にしていても無駄だ。そう思った北定は裁可を求めるように斎治に視線を送った。費俊も同様に考えたのか、斎治の方を向いた。

 「佐導甫を頼ろう。もはやそれしかあるまい」

 斎治が決断を下した以上、北定としては従うのみである。

 「それで、どうやってここから脱出するのだ?前回の騒動以来、探題の監視の目は厳しくなっているぞ」

 「私に考えがあります。費俊、すまぬが佐導甫への使者になってもらえぬか?主上の御動座だけに他の者には任せられん」

 そう言ったが、これは厄介払いであった。迅速に斎治を脱出させるには、その方法や判断について北定の独断で行わなければならない。事あるごとに費俊に反対されては、それだけ時間がかかってしまう。それだけは避けなければならなかった。

 「しかし……」

 費俊は北定の意図を察したのだろう。不快感を顕にした。

 「費俊よ、頼まれてくれるか。佐導甫を説き伏せることができるのはお前しかおるまい」

 斎治も北定と費俊の間にある蟠りを感じたのだろう。助け舟を出すように言った。斎治に言われた以上、費俊は従うほかなかった。

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