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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
338/960

泰平の階~18~

 食事を終えると僑秋を先に寝かせ、数刻後に交代で劉六も仮眠を取ることにした。明け方に目を覚まして診療所に戻ってみると、僑秋が困り顔で近寄ってきた。

 「兄さんが来ています。先生に話があるようです」

 「僑紹が怪我でもしたのか?」

 「いえ、会えば分かります」

 ああ、蜂起は成功したみたいです、と付け加える様に僑秋は言った。僑秋に導かれるまま診療所の奥の部屋に入ると、そこには僑紹と蜂起軍の幹部が数人にいた。寝台には一人の男が寝かされていた。体中に無数の刀槍の傷があり、すでに虫の息であった。

 『右足を切らねばなるまい』

 一瞬でそう診立てた劉六は、僑紹に視線を送った。

 「あれが易迅だ」

 僑紹が言った。劉六は易迅を見るのは初めてだった。意外としっかりとした筋肉質の体をしていた。

 「ということは、ひとまずは勝ったということだな」

 「まぁ、そういうことだ。こいつ、捕らえるの一苦労だったんだぜ」

 僑紹の武勇伝の興味のない劉六は改めて易迅をじっくりと診た。顔色が青白く、右足は変色しつつある。治療したとしても、生かすことができるかどうか劉六でも判断がつきかねた。

 「劉六、こいつの命を助けてやって欲しい。生きて裁判にかける」

 だから苦労して捕らえたのだろう。僑紹がまた武勇伝を語り始めようとしたので、劉六はそれを遮った。

 「こう言っては何だが、助けられるかどうかは分からんぞ。寧ろ、処置したとしても死ぬ可能性の方が高い」 

 それに裁判をかけたところで易迅の運命は決まっている。刑死しかないのだ。そのことを口にしようとしたが止めた。そのような政治的なことは医者には余事であった。

 「それでもやってくれ。こいつは裁判にかけて、千山の人々の前で死なねばならないのだ」

 こいつのために何人の人間が飢えて死んだと思う、と僑紹は言った。そのことも劉六にとっては余事であり、知る由もなかった。

 「死なすために生かすか……」

 医者として、それが正義であるのどうか。きっと適庵でも判断できないだろう。ましてや適庵よりもはるかに若年で、医者としての高見にも立てていない劉六が断じることはできなかった。今の劉六にできるのは、目の前の患者を治すだけであった。

 「僑秋、すぐに手術室を開けてくれ。右足を切断する。そうしなければ、右足に溜まった毒が全身に巡って助からなくなる。それでいいな?」

 確認するように僑紹に問うと、僑紹は黙ってうなずいた。


 易迅への手術は半日かかった。易迅の右足を切断し、各所の傷を縫合しているうちに夜になっていた。

 その後数日、易迅の容態は一進一退であった。時として高熱を発することもあったが、その期間を抜けると比較的に安定していった。

 「まずは峠を越えたか……」

 劉六は自分の処置に満足した。四日後には目を覚ますようになった。

 「ここは……病院か……」

 「気づきましたか?」

 上半身を起こした易迅の視線が自分の右足に注がれていた。足が切られていることにすぐ気が付いたらしい。

 「切ったのか?」

 「切りました。そうでなければ命を助けることができませんでした」

 「余計なことを……。どうせ死ぬのに、生かされて、足を切られるとは」

 そのまま死なせてくれれば良かったのだ、と易迅はつぶやいた。

 「私は医者です。死にかけている患者は救わなければならない」

 「変わった医者だな」

 易迅は小さく笑った。暴君という印象とは少し違っているように思えた。

 「それに私は貴方に少なからず恩があります」

 「恩?」

 劉六は栄倉へ留学する時の費用を易迅が出してくれたことを語った。

 「そういうことがあったのか」

 易迅はどうやら覚えていないらしい。易迅にとっては取るに足らないことだったのだろう。

 「恩があるのなら、あのまま死なせてくれても良かったのに……。そうだ、恩に報いるつもりがあるのなら、毒薬でも貰えるか?そちらの方がいい」

 「易迅様は死にたいのですか?」

 「生きたところで刑場に引き出されて首を斬られるだけだ。公衆の面前で恥を晒すぐらいなら毒を仰いだ方が楽だ」

 易迅は遠い目をしていた。死を覚悟している人間の目であった。医者としてこういう目はこれまで何度も見てきた。

 「救いとは必ずしも命を助けることではない。不治の病や重傷者に対して死を与えることも救いであるかもしれない。私の師匠はそう仰いました。しかし、それでも生かすのが医者なのだとも師匠は仰いました。私としても同じ思いです」

 ですから毒は差し上げられません、と劉六が言うと、易迅は、そうかと静かに言ったきり、死を望むようなことは言わなくなった。


 翌々日、易迅は公衆の場に引きずり出され、形ばかりの裁判にかけられ、その日のうちに死刑を宣告され、すぐさま首を刎ねられた。一連のことは、後になって僑紹から聞かされるだけであった。

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