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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
336/958

泰平の階~16~

 その翌日から劉六は準備のために動き出した。しかし、大っぴらに準備すると目立ってしまうので、秘密裏に行うしかなかった。

 僑紹は当座の資金として相当の金銭を与えてくれた。

 「どうしたんだ?この金は?」

 千山を追放された毛僭が拠出できる金額ではなかった。僑紹は険しい顔をした。

 「聞くな。しかし、やましい金ではないとだけ言っておく」

 僑紹は劉六に計画のすべてを教えてくれなかった。劉六としては決起の期日まで万全の状態にしておきたかったので、いつ計画を実行するのか問い質したが、これにも僑紹は答えなかった。

 「教えられない。実は言うと、俺もまだ知らんのだ。我らに協力してくれるさるお方の動向次第になる」

 これは嘘ではなかった。協力してくれるさるお方とは、費俊のことであり、彼の号令によって決起することになっていた。劉六に提供された資金も費俊が調達したものの一部であり、斎公に同情する藩主、諸侯から搔き集めたものであった。

 この頃費俊は、千山と夷西藩、慶師を往復しており、千山と夷西藩同時に蜂起される計画をしていた。しかし、夷西藩は未だ準備が整っておらず、僑紹達が焦らされている状態であった。

 「せめて何人ぐらいが戦争に参加するのか教えてくれ」

 そうでないと必要な薬も揃えられない。劉六がそう言うと僑紹は渋々教えてくれた。

 「約五百名だ」

 「五百か……」

 劉六は軍医として経験から必要な備品、薬の数と量を試算した。こういう試算について劉六は天才的な才能を持っていた。

 「蜂起するなら一か月は待ってくれ。それと手伝いができる人物が二人欲しい。男でも女でもいい。医術の心得があるとなおいい。あと資材を隠しておける場所だ」

 劉六は矢継ぎ早に言った。僑紹は頷いて、手配しようと言ってくれた。

 僑紹は意欲的に動いてくれた。依頼したその日の夕刻には二人の男女を連れてきた。

 「こっちは俺の妹で秋と言う。そしてこっちは俺の従弟で江文至という」

 僑秋はやや恥ずかしそうに俯きながらも頭を下げた。江文至は小さく頷く程度に礼をした。

 「秋はお前の師匠について医術を習っていたから心得がある」

 「師匠のところでか?」

 劉六はまじまじと僑秋を見た。見覚えがなかったから、きっと劉六が適庵の門下に入ってから千山の師に就いたのだろう。ちなみに千山の師は、劉六が千山に帰って来る少し前に隠居して、今は千山に住んでいなかった。

 「は、はい。劉六先生は私達の憧れでした」

 「ああ、そうですか」

 僑秋の熱烈な言葉と裏腹に劉六は実に素っ気なかった。

 「江文至は無口だが、命令には忠実に働いてくれる。しかも、力自慢だからこきつかってやってくれ」

 次に僑紹は江文至を紹介した。江文至は劉六より輪をかけて無愛想で表情一つ変えずただ頷くだけであった。

 「それと資材を置いておく場所だが、北にある湖近くに廃屋がある。そこを使ってくれ」

 それだけ言うと僑紹は出ていった。忙しい男である。


 二人の助手を得た劉六は、通常の医者としての仕事と並行して秘密裏に野戦病院のための準備を始めた。江文至には薬と資材を調達する仕事を与えた。江文至は本当に無愛想で必要以外のことを喋ることはなかったが、劉六が指示したとおりに薬や資材を買い集め、湖畔の廃屋に集積していった。

 僑秋の方は千山にて通常業務の助手として働かせた。野戦病院が開いた暁には、彼女にも一人の医者として働いてもらわなければならない。助手とすることで僑秋の技量を見ると同時に教育しなければならなかった。

 『流石、師の薫陶を受けただけになかなか優秀だ』

 僑秋の働きは劉六の満足のいくものであった。知識と技術的には未熟な点もあったが、何よりも熱心なのを劉六は評価した。

 「先生。先生はどうして医者になられたのですか?」

 ある日の夕刻、最後の患者を送り出してから後片付けをしていると、僑秋は突然尋ねてきた。僑秋の質問は珍しくなかったが、いつもは患者の見立や処置に関するものがほとんどであったので、抽象的な質問は初めてのような気がした。

 「その質問は必要な質問ですか?」

 劉六は別に意地悪をしているわけではない。僑秋の抽象的な質問が医術を学ぶ上で必要なことがどうか問うただけであった。

 「いえ、単に気になって……」

 「気になったか。気になるのなら仕方ないな」

 劉六は苦笑した。気になる、という僑秋の回答が気に入ってしまった。

 「父が医者をしていた。祖父も医者だった。だから私も医者になった。それだけだ」

 「それだけですか?」

 「それだけだ。私は自分の生き方については常に単純明快であれと思っている。医者としての使命を全うすることだけが私のあるべき姿で、他のことは私にとっては余事だ」

 きっと僑紹のやろうとしていることも劉六にとっては余事であろう。だが、医者として関わるのであれば余事ではない。劉六はそう考える様にしていた。

 しかし、やがて劉六は余事に専念しなければならない運命が待ち受けていようとしていた。

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