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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
334/959

泰平の階~14~

 洛水での任務を終え劉六は、一年ぶりに栄倉に帰ってきた。そこで待っていたのは千山の父からの手紙であった。昨年来、体調を崩し気味なので早く帰ってきて跡を継いで欲しいというものであった。

 『ついに来たか……』

 すでに父の跡を継ぐということは心に決めていた。その素志を変えるつもりはない。しかし、適庵の医学校を出て、栄倉を離れると思うと寂しさしかなかった。

 「そうか。故郷に帰るか」

 劉六は早速に適庵に告げた。適庵も寂しいのだろう。瞳に涙をためていた。

 「先生には教わることが多く、お世話になりました。この御恩、一生忘れません」

 「そういうことを言っちゃいけないよ。今生の分かれでもあるまいし、私も六さんから教わることは多かった」

 こちらこそ感謝している、と適庵は丁寧に頭を下げた。劉六も涙を禁じえなかった。

 適庵は残る弟子達と一緒に栄倉の外まで見送ってくれた。坂道を上る劉六の姿が見えなくなっても弟子に促されるまで適庵はその場を動くことがなかった。

 「しかし、劉さんも勿体ない。劉さんほどの学識なら、藩主はおろか条公の御典医にもなれたかもしれないのに」

 弟子の一人がそういうと、適庵は怖い顔でその弟子を睨みつけた。普段は温厚で、およそ弟子を叱ることのない適庵であったが、名誉富貴を求めるような発言を弟子がした時だけは明確に怒りを顕にした。

 「医者が名誉富貴を求めるのは、命を人質にして金銭をねだるようなものだ。そのような者は医術に携わってはいけない」

 適庵がきつく言うと、弟子は俯いて小声で自らの非を詫びた。

 『しかし、劉六ほどの大才が条国の一隅で燻って終わると言うのは天下の損失ではないか』

 適庵は劉六の才能の大きさを思うと、やはり残念なような気がしていた。


 四年ぶりに千山に帰ってきた劉六は早々に父の跡を継いだ。体調を崩し気味だったという父は、母と共に故郷に戻ってしまったので、劉六は独りで仕事と生活をせねばならなかった。

 千山の劉六の評判はまずまずであった。

 『劉さんところの若先生は無愛想だけで腕だけは確か』

 栄倉の時とほぼ同じような評判で、劉六の診療所にはいつも人が集まってきたが、千山ほどの人口ではそれほど忙しくなることもなく、劉六は独りで訪ねてくる患者を捌くことができた。

 「どうもお前は器用貧乏なところがあるな」

 ある日、様子を見に来た父が劉六が診察する姿を見て、そう感想を漏らした。

 「器用貧乏ですか?」

 「そうだ。無駄に自分で何でもできるから人を使うことをしない。人を使うことを覚えないと大きくはなれんぞ」

 「はぁ」

 劉六は父の言っている意味があまり分からず生返事をした。

 「はぁ。母ちゃんが泣いていたぞ。せっかく男前に生んでやったのに、どうしてそんなに女っ気がないんだと……」

 「私の容姿と何が関係あるのですか?」

 「嫁を取れということだ。家の事、診療所の事。手伝ってくれる嫁を迎えろと言っているのだ」

 「使用人や家政婦が欲しいのならそういう人を雇います。妻とすべき人をそういう目的で迎えるつもりはありません」

 「そういうことでもない!ああ、本当にお前は理屈っぽいな」

 父は頭を抱えた。

 「お前、まさか女を知らんわけではないな」

 「知ってはいますが、好事家ではありません」

 栄倉では先輩に連れられ岡場所にもいったし、多少なりとも良い仲になりかけた女性がいないでもなかった。しかし、学問に打ち込んでいた劉六からすると、女性関係は非常に淡白であった。

 「まぁ、すぐにとは言わん。しかし、真剣に考えろ。お前が私の跡を継いだように、お前も誰かに跡を継がせなければならんのだからな」

 「考えておきます」

 劉六は適当に答えておいた。嫁のことなど、まだ考えることができなかった。

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