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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
333/959

泰平の階~13~

 野戦病院の改善を行うと、劉六はそのまま軍医として傷病兵の手当てを行うことになった。劉六は淡々と送られてくる傷病兵の治療を行い、野戦病院は以前より効率的に回るようになった。劉六の野戦病院は評判となり、他の野戦病院にいる傷病兵がぜひとも洛水に移りたいと懇願することもあった。

 挿話をひとつ挟みたい。さる貴族の舎弟が怪我をして野戦病院に運ばれてきた。大した怪我ではなかったので、一見するだけで劉六は後回しにした。これに貴族の男は激怒した。

 「何故私を先に診ない!私は栄倉でも栄誉ある……」

 「お前よりも傷の重い兵は沢山いる。彼らを治す方が先だ」

 「何だと!」

 「そんな傷、酒でもかけておけば治る」

 そう言い捨てた劉六に貴族の男は斬りかかろうとしたが、周りの者に止められた。この話は広く洛水に広がり、劉六の名前を高めることとなった。

 この話には続きがる。

 貴族の男は、直属の上司に劉六のことを訴えた。

 「私を後にして庶民共を先に診察すると言うのです。まったく言語道断でありましょう」

 訴えを聞いた上司は立ち上がると、その男を激しく殴りつけた。

 「言語道断は貴様だ!重い傷を負ったのは前線で戦っていたからであろう。庶民と見下げている彼らが前線で戦っていた時、貴様は何をしていたのだ!」

 「しかし、尊毅様」

 「貴様のような男が栄光ある条国軍にいたとはなんたる恥辱。そんなに傷を治して欲しいなら栄倉に帰れ!」

 その上司とは尊毅であった。彼はこの方面の部隊長をしていた。尊毅はすぐさまこの貴族の男を更迭し、栄倉に送還した。

 「兄上、随分とお怒りでしたね」

 貴族の男が逃げる様に飛び出した後、にやにやと笑いながら尊夏燐が入ってきた。

 「自らの家柄をひけらかすだけで、人の上に立つということを知らん男だ。余所はいざ知らず、我が軍にはいらぬ男だ」

 実力もなく、家柄だけを頼りにして生きている男など嫌いなものはなかった。

 「ふ~ん。しかし、一介の医者ながら気骨のある男じゃないか」

 尊夏燐は天幕の外からしっかりと聞いていたらしい。妹のそういう行儀の悪さに尊毅は少し顔をしかめた。

 「そうだな。一度会って、話でもしてみたいものだ」

 数日後、その機会が訪れた。前線が落ち着いてきたので、尊毅は留守を項史直に任せて、洛水に向かった。尊夏燐は何も言わず勝手についてきた。

 尊毅が洛水に到着すると、野戦病院は非常に静かであった。尊毅は顔なじみに軍医を見つけたので捕まえた。

 「ここの野戦病院は繁盛していると聞いていたのだがな」

 「これは尊毅様。いえ、ついこの間まで繁盛……というと語弊がありますが、傷病兵が沢山おりましたが、劉六殿がすべてさばき切りましたので」

 「ほう」

 さらに興味を持った尊毅は、そっと野戦病院の天幕を潜った。年の頃ならば尊毅と同年代か少し上ぐらいだろうか。若い男が負傷兵が寝かされている寝台の間を忙しそうに歩き回っていた。

 「へえ」

 尊夏燐が好奇に満ちた声を上げた。尊夏燐は所謂見目のいい男に対して執着心が強かった。

 劉六は一瞬、尊毅達に気が付いたように視線を合わせてきたが、軽く会釈するだけですぐに作業に戻っていった。

 「可愛げがないこと。まぁ、そういう姿も仕事をする男って感じでいいじゃないか」

 尊夏燐の感想を無視して、尊毅は劉六に近づいていった。

 「私は尊毅だ。君のおかげで野戦病院が随分と効率的に稼働していると聞いてな。お礼がてら視察に来た」

 「ああ、そうですか」

 と言って劉六はすぐに作業に戻った。

 『なんとも愛想のない男だ』

 尊毅は怒りはしなかったが、呆れてしまった。この無愛想さで医者がよく務まっているのものだと逆に感心してしまった。

 尊毅が肩をすくめて戻ってくると、尊夏燐は腕を組みながら笑っていた。

 「ははは。あいつには尊家の家名などまるで意味がないらしいな」

 「いいじゃないか。どうせ医者だ。我らと関わることもあるまい」

 この時の尊毅と劉六の対面はこれだけであった。尊毅はこれで二度とこの男と会うことはあるまいと思っていた。しかし、しばらく後に尊毅と劉六は思わぬ形で再会することになるのだった。

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