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七国春秋  作者: 弥生遼
泰平の階
332/958

泰平の階~12~

 適庵の医学校に来て三年、劉六は医学校の塾頭となった。要するに門下生の筆頭となったわけである。塾頭ともなれば、教えを受けるよりも教えることの方が多くなった。

 『劉六先生は無愛想だが授業は面白い』

 生徒達からはそのような評判があがった。劉六は自分のことを無愛想だとは思っていなかったが、授業が面白いと言われるのは嬉しかった。劉六は請われると医学だけではなく、数学や天文学も教えた。

 それだけではなく適庵の本業である医業の手伝いもすることがあった。そこでも劉六は、

 『愛想はないが腕は確か』

 という評判が立って、慕う患者も少なくなかった。


 穏やかながらも常に刺激のある日々送っていたある日の夜、劉六は適庵に呼び出された。適庵の部屋を訪ねると、小さな膳と酒が用意されていた。塾頭ともなれば、適庵と二人で酒を酌み交わすこともあった。

 「どうだね、六さん。そろそろ独立してみないかね?」

 適庵はそう切り出した。適庵の医学校で塾頭になった者の前途は広い。独立して開業するものもいれば、適庵と同じように医学校を開設する者もいた。また藩主や領主、あるいは各国の国主に高禄で召し抱えられることもあった。

 「私に卒業しろと言うことですか?」

 「うん。六さんにもう教えることはないよ。六さんの才能を、ここにだけ留めておくのは勿体なくなってきた」

 「そんなことはありません。まだまだ先生に教えていただかなければなりません」

 「いやいや、私の方が六さんに教えを請わなければならないほどだよ」

 適庵は手酌で美味そうに酒を飲んだ。

 「実は六さんに仕官の口がかなり来ている。どうだね?」

 「先生。もし私がこの学校を去ることがあれば、それは千山で父の跡を継ぐ時です。それ以外にありません。どうか仕官の口は無用にお願いします」

 「ああ!よくぞ言った!六さんの素志はそこにあったな。これは私が悪かった。許してくれ」

 適庵は深々と頭を下げた。劉六はやはりこの人も門下に入って正解だったと思ったが、同時にここにいられるのはあと少しなのだろうと思うと、悲しくなってきた。


 結局、劉六は栄倉に四年いた。最後の一年は医学校で授業することもなかった。

 実は条公から適庵にある依頼が来ていた。その依頼とは適庵に軍医になって欲しいというものであった。当初、適庵はその依頼を断っていた。

 『老齢故、戦場では耐えられません』

 そう断ると、では優秀な生徒を出して欲しいと言われたのである。適庵としては我が子に等しい生徒を戦場に出したくはないが、栄倉で開業している以上、条公に睨まれたくない。それに戦場で傷病兵が苦しんでいると思うと、無碍に拒否し続けることもできなかった。

 「そこで六さんに行ってもらいたいのだが、どうだろうか?」

 適庵からすれば劉六しか適任者はいないように思われた。あらゆる医術に精通し、医者としての実績もある。何度考えても劉六の顔しか思い浮かばなかった。

 「勿論、断ってもらってもいい」

 「いえ、行きます。行かせてもらいます」

 適庵から頼まれて否とは言えなかった。寧ろ、適庵の助けになるのであれば、喜んで行くべきだと思った。

 この頃、条国は翼国、静国と小競り合いをしていた。と言っても大規模な戦闘は数年来行われておらず、互いの領土を侵しては取り返すことを繰り返していた。この物語の読者に分かりやすく説明すれば、ちょうど樹弘が泉公に即位した頃である。劉六は一等軍医として従軍し、北に向かった。

 『北と言えば翼国か……』

 劉六が知る知識では洛水という邑を拠点にして翼国に攻めかからんとしている。それに対して翼国軍は条国領土内に侵入し、条国軍をけん制していた。

 劉六の任務は洛水にて傷病兵の治療を行うことであった。すでに野戦病院はあったが、どうにも上手く機能していないと言われていた。

 「これでは駄目だ」

 劉六は陣営に到着すると開口一番、野戦病院が機能していないのは当然だと感じた。

 「重傷者と軽傷者は分けるべきです。まずは重傷と軽傷の分別を行い、重傷者は速やかに後送しましょう。ここでは軽傷者と後送できない重傷者の治療を行います。それぞれの天幕は別々に」

 「別々にですか?」

 先任の軍医が尋ねた。劉六より年は取っていたが、適庵門下と聞いてひどく丁寧になっていた。

 「そうです。軽傷の兵士が重傷の兵士を見てどう思いますか?」

 劉六に言われて、軍医は左様でしたな、と手を打った。

 『これほどの軍医に診られていたと思うと兵士も哀れだな』

 ここにきて良かったと思った劉六は、次々と改善点を指摘し、行動に移させていった。この点、先任の軍医を始め、条国軍は好意的に劉六の提言を受け入れてくれた。やはり適庵の名前は偉大であると劉六は感じた。

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