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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
314/959

寂寞の海~51~

 章海軍に勝利した章理軍は士気を高めて北上を開始した。しかし、進路上に態勢を立て直した章海軍が待ち受けていると知ると、章理は全軍に停止を命じた。

 『まずいぞ……』

 章海に対して奇襲はもはや通用しない。しかも、背後からは銀芳軍が接近しつつあることも章理は把握していた。このままでは大軍に前後から挟み撃ちにされ、章理軍はすり潰されていくだけであった。

 『どうすべきか……』

 章理は自己に問うた。甲朱関との問答から必死になって解決策を導き出そうとした。

 『やはり奇道によって翻弄するしかない』

 章理は決断した。この場合の奇道とは、守勢に立たずに、逆に章海軍を攻め立てることであった。

 「怯むな!突撃して、敵将を討つ。そうすればこの戦いは我らの勝ちだ!」

 章理は自ら馬上の人となり、前線に立って兵士達を奮い立たせた。兵士達は先の奇襲戦から間もなく疲弊している。それでも章理軍は遮二無二突撃を繰り返した。

 この時の章理軍の猛攻は、中原の戦史に名を遺すものとなった。一度敗れたとはいえ、兵数の上では章海軍は圧倒しており、おまけに奇襲を用心して重厚な防御陣を敷いていた。第一陣、第二陣と幾重にも防御陣を設け、章海のいる本陣までは三つの防御陣を突破しなければならない。章海からすると積極的に攻勢に出る必要などなく、投網を大きく広げて章理軍が網の中に入ってくるのを待つだけでよかった。ところが網の中に入った章理軍は、獰猛な牙を剥いて網を食いちぎろうとしていた。

 「怯むな!じっくりと腰を据えて迎撃しろ!」

 章海は本陣より前線に檄を飛ばしたが、凄まじいばかりの章理軍の猛攻を前に、第一陣は脆くも崩壊した。彼らかすると章理軍に対する恐怖心もあり、章理軍が死をも恐れぬ突撃を繰り返すと、それだけで怯え、浮足立ってしまった。

 『勝てる!』

 章理は兵達を叱咤しながら、手ごたえを感じていた。その勢いのまま第二陣を突破した。だが、第三陣は容易に突破できなかった。章理軍将兵の疲労が勢いに翳りをもたらすことになった。しかも、章理軍の後背に銀芳軍が姿を見せた。このまま時が経てば章理軍は前後から挟み撃ちにされてしまう。

 「急げ!我らに退路などない!前のみが我らの進路だ!」

 章理の叱咤が疲労していた将兵達に活力を与えた。そしてかろうじて第三陣を突き破り、いよいよ章海軍本陣を前にした。

 だが、ここまでが限界であった。すでに章理軍の兵数は二百名を切っており、いずれも満身創痍の状態であった。章理自身も鎧は傷だらけになっていて、左文忠などはすでに二本の剣を折られていた。

 『あと一歩なのに……』

 流石に諦めかけた瞬間であった。章理の眼前に視界が広がり、目と鼻の先に章海の姿が見えた。章理達は本陣の寸前まで攻め込んでいたのだ。

 「叔父上!」

 章理は最後の力を振り絞り、駆け出した。立ち塞がろうとする兵士達を渾身の力で切り伏せ、章理の視界には章海しかいなかった。

 「おのれ!理!」

 章海は逃げ出すことなく、自ら剣を抜いて、章理を迎え撃った。上段から振り下ろす章理に対して、章海は剣を横にして受け止めた。

 「理!降れ!命を捨てるな!」

 「弟の命を奪っておいて、よく言えたものだ!」

 「私としては命まで奪うつもりはなかった!」

 「この後の及んで!章家の恥さらし!」

 章理と章海は数度打ち合った。しかし、決着がつかない間に章海軍の兵士達が章海の周囲を固め始めた。そして、ようやく銀芳軍が追いつき、章理軍は完全に包囲されてしまった。

 「章理様……もはやこれまでです。今は戦場を脱出して捲土重来を期しましょう」

 左文忠が叫んだ。章理は無念そうに歯を食いしばったが、頷いた。

 「無念だ……。脱出する。血路を開け!」

 章理の号令の下、章理軍の将兵は塊を成し、集団で突撃して包囲網を突き破ろうとした。

 「逃がすな!」

 章海は脱出しようとする章理軍の集団に矢を射掛けさせた。そのうちの一本が章理の背中に刺さった。

 「うっ!」

 「章理様!」

 「刺さっただけだ!」

 矢は鎧を突き抜け、章理の肉体にも刺さっていた。しかし、章理はそのことを言わず、今は将兵達との脱出を優先させた。激戦の末、章理達は敵の包囲網から脱出することはできたが、付き従う兵士はわずか五十名足らずとなっていた。

 

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