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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
312/958

寂寞の海~49~

 章理軍の船団によって新判を制圧されたと聞いた章海は血の気が引くのを感じた。章理軍の動きは完全に章海の裏をかいたものであった。

 「すぐに銀芳を呼び戻せ!」

 鑑京に残る兵力は約二千名。相手が五百名程度の小勢であるから、正面からぶつかっても負けることはない。しかし、章理が鑑京に近づけば近づくほど、彼女に協力しようとする者も増えてこよう。そうなる前に全軍をもって章理軍を文字通り潰さねばならない。

 「私も出撃するぞ!」

 章理を鑑京に近づけてはならない。こちらが鑑京に籠城すれば、相手にも時間を稼がせることにもなる。それに相手が小勢にも関わらず、こちらが出撃しないとなれば、章海を臆病者だと人々はあざ笑うかもしれない。自らの才能に自信を持っている章海にとっては耐えられぬことであるし、人心の離反を許すわけにもいかなかった。

 章海は千五百名の兵を率いて出撃した。早々に章理軍を捕捉し、引き返してくる銀芳軍と挟撃できれば、文字通り章理軍をせん滅することができる。

 「斥候を出せ。そして銀芳にはすぐに軍を返してくるように伝えろ!」

 軍を進めながら、章海は章理軍の位置を正確に知ろうとした。同時に銀芳軍との連携を密にしようとしたが、これが思うようにいかなかった。連日の風雨により、視界が極めて悪く、斥候の足も鈍っていたので、章理軍の位置を正確に把握することができなかった。さらに、この時銀芳軍は、裴包軍の遊撃戦術に手を焼いており、これを振り払って北上することができずにいた。

 それでも章海は多少の侮りを持っていた。

 『章理には戦の経験はない』

 戦力差以上に、その点において自分の方が優位であると章海は考えていた。しかし、戦争というものは将帥の資質だけで勝敗が決まるものではなく、時として天才的な戦術家が凡庸な人物に敗れることもあるということに章海は気が付くべきであった。


 あらゆる状況が章理に味方していた。章海が章理軍の位置を把握できずにいたのに対して、章理は章海軍の位置をほぼ正確に知ることができた。

 「こういう時は小勢の方が有利だな」

 すべては甲朱関から受けた薫陶の賜物であった。しかし、これからが本当の勝負になる。

 正面からぶつかればまず勝つことはできない。章理軍からすると章海軍と戦うならば、奇襲を仕掛けるしかなかった。

 章理にはもう一つの選択肢があった。このまま章海軍を無視して鑑京に駆け込むというものであった。章海軍が戻ってくる前に鑑京を制圧できれば、章海軍の補給を断つと同時に、鑑京に籠城して各地に檄文を送って兵を募ることもできる。国都を得るというのはあらゆる面で有利となるのである。

 しかし、章理は危険を冒して奇襲を仕掛けることにした。理由は二つ。一つは新判への奇襲上陸が成功し、味方の士気が高まっていること。この士気の高さを活かさない手はなかった。

 もう一つは、戦うことで章理軍の存在をより鮮明にに顕在化することが目的であった。鑑京に籠城して檄文を飛ばすのも手ではあるが、章理が実力を示さなければ応じてくる者もいないだろう。そう判断した章理は章海と一戦交えることを決意した。

 『ここで勝てねば、叔父上には一生勝てない』

 章理は左文忠に決意を告げた。左文忠にも異存はないようで、二つ返事で了承した。


 風雨はまだ続き、勢いは強さを増しつつある。大軍である章海軍は風雨のため身動きできず、陣を留めていた。章海は多少の苛立ちを感じながらも、今は我慢をすべき時だと思いなおし、天幕で風雨が止むのを待っていた。

 「銀芳とまだ連絡は取れないのか?」

 章海が感じている苛立ちは、自軍が動けないことや章理軍の位置が掴めないことよりも、銀芳軍との連絡が途絶していることにあった。銀芳軍との理想的な挟撃戦で一気に章理軍をせん滅してしまおうと考えている章海からすると、銀芳と連携取れないのは致命的であった。

 「はい。伝令を飛ばしておりますが、まだ連絡が取れません」

 副官がおずおずと言った。副官から恐れの色を感じた章海は、穏やかな口調で引き続き連絡を取るように命じた。

 『この風雨だ。風雨が私を邪魔している……』

 恨めしい気持ちで天幕を叩く雨の音を聞いていると、ふと自軍の置かれている危うさに気が付いた。こちらが章理軍の位置を分かっていないからと言って、章理軍もこちらの位置を分かっていないとは限らないのだ。もし章理軍がこちらの位置を知っていたとすれば、天幕を張って陣を留めている自軍は奇襲の格好の的となる。ぞっと背筋に悪寒が走った。

 「敵の奇襲に用心するように」

 それでもまた章理のことを侮っていた章海は、警戒する程度で十分であろうと思っていた。しかし、まさかその時すでに、章理軍の章海軍に息を潜めて接近しているなど思いもよらぬことであった。

 

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