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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
303/962

寂寞の海~40~

 章海から届けられた書状を読んだ樹弘は、甲朱関を呼び、彼にも書状を見せて意見を求めた。

 「どう思う?」

 章海は、章理達を保護していることに感謝の弁を述べたうえで、それ以上の干渉は無用であるという旨の文章を認めていた。樹弘はその文面から章海の焦りのようなものを感じていた。

 「章海としては攻めてきて欲しくないのでしょう。我が軍相手に勝てるなどとは微塵も思っておらぬでしょうよ」

 甲朱関は、樹弘が感じた章海の焦りをそのように感じた。樹弘としてもそのとおりだろうと思った。

 「我が軍を印国に送ったとして勝てるのか?」

 「単に戦術面では勝てましょう。しかし、我が軍には大軍を送り、補給をとめどなく続けるだけの補給ができません」

 それについても樹弘は同意した。泉国には海軍と呼べるものがなく、河川を行き来する程度の軍船か、沿岸警備用の軍船を数隻保持しているだけで、印国に攻め込むのに必要な大規模な軍船を持ち合わせていなかった。

 「章海はそのことは承知しているだろう。そのうえで念を押してきたのだ」

 その用心深さは聡明な証左であろう。樹弘はそう思えただけに、印国には今以上の対応をするつもりはなかった。

 「章海という男は底が知れません。下手に手を出せば火傷を致しましょう」

 「私も一度だけ鑑京で会ったが、底知れぬというのは言い得て妙だな」

 樹弘は鑑京での章海との会話を思い出していた。章海は国主に相応しいだけの才能を持った者が排斥されていることを不満に思っていた。あの時から反逆の心を蓄えていたかと思うと、やはり底知れぬ恐ろしさを感じた。

 「これは私の勝手な憶測ですが、おそらくは章海は長く国主の座を維持することはできないでしょう」

 甲朱関は予言めいたことを言った。この手の甲朱関の予言はよく当たった。

 「どうしてそう思うのだ?」

 「章友様が神器に認められた真主であったかどうかは分かりませんが、少なくとも血統をもって相続された印公を武力で排除しました。これは明らかな不義です。章海に不満や不信を抱く者もおりましょう」

 樹弘達が非を鳴らさずとも、いずれ国内でそのような気運が高まるであろう。甲朱関はそう予測していた。

 「章海は聡明です。国政運営に誤りを犯すか可能性は低いでしょう。しかし、ひとつ誤れば、人心は離反します。ああ、やはり不義によって即位した国主は駄目なのだと」

 「なるほどな。私が相房を討った時と違うということか」

 相房は仮主であり、泉国国内は荒廃していた。そのような国情で相房を討った樹弘は決して不義の誹りを受けなかった。

 「そうです。それに章海は才人であり過ぎて、有能な人物が集まりません。彼の下にどれほどの人物がいるでしょうか?朱麗姉さんのような行政の辣腕家がいるでしょうか?文将軍や蘆将軍のような有能な武人がいるでしょうか?」

 おりますまい、と甲朱関は結んだ。

 「確かにそうだ。私も国政の頂点に立ってみて初めて思った。とても一人の人物だけではできぬことだと」

 「左様です。章海の傍には松顔なる人物が丞相となったようですが、紅蘭殿によれば取るに足らない人物のようです。いずれ章海は国主としての地位を築けなくなるでしょう」

 あくまでも私の予想ですが、と甲朱関は断りを入れた。しかし、必ずしも希望的な予測でもなかろうと樹弘は思った。

 「私は人物に恵まれたというわけか。甲朱関という異才もいるからな」

 「褒めていただき光栄です」

 「しばらくは様子を見るか。章海も章理さん達にちょっかいを出す気配もないからな。ただ、沿岸の警備は強化しておいてくれ。それと印国の情報は小まめに報告して欲しい」

 「承知しましたが、もう一つ主上に確認しておきたいことがあります」

 「何だ?」

 「章理様との婚儀です」

 樹弘は、はっとした。章理と章季が印国から亡命してきた以上、現在の二人は公女ではない。ただの亡命者である。地位的に樹弘の正妃となる資格は失われてしまった。

 「こうなってしまっては完全に白紙だな。僕としては地位とかそういうことに拘りたくないが、強力な推進者がいなくなっては進む話も進まないだろう」

 「残念なことですが……」

 「なんだ?朱関もそこまで章理さんと僕を結婚させたいのか?」

 「そうではありません。別に主上のお相手が章理様である必要はないと考えておりません。前に申し上げたとおり、主上が女性に対してあまりにも禁欲的なのはよろしくないと思っただけです」

 「章理さんは寵姫にしろ、とでも言うのか?」

 「そういうことでもありませんが、章理様と章季様、亡命されたお二人をそのまま宮殿で養うだけですか?」

 「養うために寵姫にしろと?」

 「それも違います。ですが、いずれ長くお二人がこの地に留まるのなら、他の誰かに嫁がせるとか、そういう問題もでてきます。いずれのこととはなりましょうが、心には止めておいてください」

 甲朱関はそう言いながらも、なかなか結婚をしない樹弘への当てつけであるには間違いなかった。

 

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