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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
301/961

寂寞の海~38~

 一週間後、無宇からさらなる詳報が届けられた。届けたのは無宇本人であった。これ以上の潜伏は危険であると判断した樹弘が一時的に呼び戻したのであった。

 「それでどうだった、鑑京の様子は?」

 この場にいるのは樹弘と景朱麗、甲元亀に甲朱関だけであった。章理達に伝える前に情報を整理しておきたかった。

 「鑑京は反乱軍によって陥落し、印公は自害して果てたようです」

 無宇は顔色一つ変えず報告した。

 「ようです、というのは無宇らしくない正確さだな」

 無宇の直接の上役にあたる甲朱関が問い詰めた。申し訳ありません、と謝して無宇は続けた。

 「実は反乱軍が鑑京に突入してきた時、印公をお救いしようと宮殿に忍び込んだのですが、宮殿には火の手をあがり、印公をお探しする間もなく、宮殿を出ずにはおられなかったのです。しかし、印公がどうなったかは知っておかねばならぬと思い、宮殿から脱出していた兵士に訊いたところ、印公は炎の中で毒を仰いで果てたとのことでした」

 樹弘は黙って頷き、話の続きを促した。

 「反乱軍は鑑京を完全に制圧したようですが、印公の亡骸は発見できなかった模様です。それと丞相であった張鹿は松顔によって攻められ、梟首となりました」

 「そうか。ご苦労でした、無宇。少し静養をしたら再び印国に潜伏して欲しい」

 「承知しました」

 無宇は退出した。少し静養を、と樹弘は言ったが、無宇はすぐにでも印国に向かうだろう。

 「どうにも大変なことになりましたな」

 無宇がいなくなると、甲元亀が口火を切った。樹弘と章理の婚儀を積極的に進めてきた甲元亀であったが、このような事態になってそのことについては流石に口にすることはなくなっていた。

 「主上、如何なさいますか?章海の行為は明らかに不義です。他国とはいえ隣国であり、多少なりとも縁がある国です。座視することはできないでしょうし、向こうも我らの出方を気にしているでしょう」

 景朱麗が言った。聡明な彼女であるから彼女なりの考えがあるだろうが、先に樹弘に意見を求めてきた。

 「亡命してきた以上、章理さん達を保護する。章海がどのようなことを言ってきても、章理さん達の身柄を引き渡したりはしない」

 これが大前提だ、と樹弘は厳しく言った。かつて泉国では流浪の翼公―楽乗が保護を求めてきた時、これを冷遇して挙句に翼国に売り飛ばそうとした。そのような人道に劣るような真似を、樹弘によって生まれ変わった泉国で行うわけにはいかなかった。

 「それについては我らも賛成です。しかし、章理殿が章海を討つために兵を貸してくれと言われたらどうなさるつもりですか?」

 景朱麗はさらに質問をかぶせてきた。多少の意地の悪い質問ではあったが、その可能性は決して否定できなかった。

 「章海の不義を討つというのであれば、翼公や静公の意見を聞くべきだろう。しかし、我が国単独でそれを行うつもりはない」

 樹弘はこれについても揺ぎ無い前提条件としていた。章理が願い出てきたとしても、心を鬼にしてこれを拒否しようと決めていた。

 「主上がそこまでお考えでしたら、臣下としてはそれ以上何も申し上げることはありません」

 景朱麗は幾分ほっとした様子であった。樹弘がそこまで固い決意である以上、この場でこれ以上の議論は必要はなかった。

 「我が国の方針は決しましたが、そのことを含めて章理殿に申し上げなければなりません」

 と言ったのは甲朱関であった。これは非常に残酷な役割であった。

 「主上、その役目は私に」

 景朱麗が手をあげたが、樹弘は首を横に振った。

 「僕がやる」

 自分でなければならないのだ、と樹弘はやはり力強く言って席を立った。


 翌日、樹弘は章理と章季が休む客室を訪ねた。二人とも血色は随分とよくなっていたが、表情は冴えなかった。樹弘は威儀を正して座りなおした二人の前で、無宇からもたらされた情報を包み隠すことなく報告した。

 「兄上!」

 章季は手で顔を覆いながら泣き始めた。章理はぐっと堪える様に瞼を閉じた。

 「章理さんと章季さんにとっては残酷な結果となってしまった。正直、励ます言葉もない」

 「泉公、ありがとうございます。あるいは弟にとって本望であったかもしれません」

 章理がすっと目を開けて、丁寧に礼を言った。不謹慎ながら、その容儀を美しいと樹弘は思った。

 「本望か……」

 章友が国主の座を望んでおらず、そのことでずっと苦しんでいたことは章理から聞かされていた。章友は国主としての矜持を守りながら、苦しみからも解放された。本望と言えば本望なのかもしれないが、死して解放されるということには樹弘は首肯できなかった。

 「これからどうされるかはゆっくりとお考え下さい。お力になることがあれば相談致しますし、ここにいる限りは私が全力でお守り致します」

 樹弘はあえて章海を討つ気はあるかと問わなかった。問うことは選択を迫ることになってしまう。今はまだ二人とも冷静な判断はできまいと思い、樹弘は問うことはしなかった。

 「ありがとうございます。今は泉公のお言葉に甘えさせていただきます」

 章理は語尾を震わせ、一筋の涙が流れた。

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