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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
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寂寞の海~27~

 印国の政情不安はとどまることを知らなかった。

 国主章友は、美女狩り発言以来、朝堂に顔を出さなくなった。そのことについては、以前と変わらぬことなので大事ではなかったが、章友などよりも今の印国において重きをなす人物、丞相の藤元が殺害されたのであった。

 丞相藤元という人物は、輝くような才知があるわけでもなく、だからといって凡庸でもなかった。一国の丞相としてそこそこの能力を有しており、政治的な立場も中庸で、張鹿とは距離を取っており、松顔ともさほど親しくなかった。今の印国において、ある意味彼ほど丞相に相応しい男はいなかっただろう。だが、欠点というべきところもあった。藤元は異様なまでに蓄財に凝っていた。そのことが不幸の源となった。

 藤元は印国の丞相として相応の報酬を得ており、同時に印国国内に複数の鉱山を所有していた。印国が鉱物の宝庫であることは先述した。掘り出されるのは鉄と銅が主で、稀ながらも金が採掘される鉱山もあった。残念ながら藤元の所有する鉱山から金が採れることはこれまでなかったのだが、ある日、家宰が魅力的な報告をしてきた。

 「北部にある鉱山からどうやら金が採れるかもしれません」

 所有する鉱山の近くを流れる渓流から数粒の金が採れたという報告が現地からもたらされた。

 「誠か?」

 藤元は喜悦した。それが本格的な金山であれば、藤元の収入は格段に増える。しかし、金山の鉱脈というのは非常にか細いため見つけにくく、見つけ出したとしても、美しい金を採り出すのには高い技術が必要であった。

 「それほどの技術者が当家にいるか?」

 藤元が問うと、家宰は首を振った。印国において金を扱える技術者はそれほど多くはないのは藤元も承知していた。

 「長安殿がおられましょう」

 家宰が名前を出した長安は、印国における一等の技術者として知られていた。印国における多くの金山が彼の手によって採掘されていた。しかし、彼は閣僚の一人である妙牙の家人であった。

 「長安殿は異才であります。もはや国家の官吏となってもおかしくない男ですが、義理堅い男で妙牙の臣下であることを望み続けております」

 そのことも藤元は承知していた。あくまでも長安は妙牙の臣下であるため、彼に金山を採掘してもらうためには妙牙に金を支払わねばならなかった。印国直轄の金山であっても同様であった。

 「金山を得られるのであれば、妙牙に払う金など安いものだろう」

 藤元は自ら妙牙に交渉することにした。

 丞相から思わぬ話のあった妙牙は喜んだ。妙牙は、そのような異才の家臣がいながらも、家格が低かったためなかなか出世できずにいた。丞相と誼を持てるのは、妙牙としても喜ぶべきことであった。

 「よろしゅうございます。ぜひとも長安をお使いください」

 妙牙は長安を無料で貸し出すという大盤振る舞いをした。

 現地に派遣された長安は丹念に山々を歩き周り調査した。その結果、

 『これは金の鉱脈がある可能性が高い』

 と結論付けた。こうなれば技術者として矜持が刺激された長安は、何としても金鉱脈を見つけてやろうと思った。それこそが主君への奉公に繋がると信じていた。

 そして二年かけて長安は金の鉱脈を発見したのである。それが章穂が亡くなる直前のことであった。

 「でかした!流石は長安!」

 藤元は手を打って喜んだ。状況が許せば、妙牙と長安を呼んで祝宴を開きたいほどであった。

 その後、長安は金の採掘の仕方を藤元の技術者に教え、役目を終えたと言わんばかりに妙牙の下へと帰っていった。ここまでの話なら全て円満に終わっていただろう。しかし、藤元には欲が出てきた。

 『長安という男、惜しい』

 できれば自分の配下に収め、他の鉱山の採掘をさせたかった。藤元は臆面もなく長安をくれと申し出たが、それについては流石の妙牙も鼻白んだ。

 『一度、ただで貸すとこれだ』

 内心、妙牙は毒づいた。残念なことに、一度長安を無料で貸したにも関わらず、藤元からの相応のお返しはない。そのことも妙牙の心を堅くしていた。

 「お断り申す。長安は私の重要な臣下でございます。他家に差し上げることはできません」

 妙牙は突っ張ねた。そうなれば藤元としても面白くなかった。

 『妙牙如きが!』

 二人の関係は完全にこじれてしまった。宮殿や朝議でも顔を合わせれば口論となり、藤元と妙牙が険悪な仲であることは宮殿では知らぬ者がいないほどであった。

 そしてついに不幸が起こってしまった。その日、朝議が終わり、朝堂を退出した藤元を妙牙が追いかけて行った。実は先日来より、閣僚を入れ替えようという議論が朝議でされており、入れ替わる対象に妙牙が含まれていた。

 『丞相が私を遠ざけようとしている』

 妙牙は藤元の嫌がらせであると判断した。相手は丞相である。争えば妙牙の方が弱くなるのは当然であった。しかし、そうですかと納得できることではなかった。

 追いついた妙牙が藤元とどのような口論をしたか、知る者はいなかった。何人かの閣僚は立ち止まって口論している二人を見ていたが、また始まったかと思って気にもかけていなかった。そこへ、

 「おのれ!丞相家とはいえ、私を侮るか!」

 と叫ぶや否や、妙牙は懐から短刀を採り出し、藤元に飛び掛かった。宮殿では近衛兵以外は武器を持ち込めない。妙牙は短剣を密かに忍ばせていたが、藤元は帯剣しておらず、抵抗もできず妙牙に刺殺された。

 「変事ぞ!」

 たまたま通りがかった閣僚が騒ぐと、近衛兵が駆けつけてきた。その場から逃走を図ろうとした妙牙であったが、すぐに近衛兵に組み伏せられた後、舌を噛んで絶命した。印国は丞相不在の状況に置かれた。

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