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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
286/959

寂寞の海~23~

 章穂の逝去はすぐに泉国の樹弘に伝えられた。

 「亡くなられた?印公が?」

 信じられなかった。ついこの間会ったばかりであり、その時の章穂は健康そのものであった。それなのに僅か数か月で亡くなってしまうとは、想像できるはずもなかった。

 「心の蔵の病らしい。あっという間だったらしいぞ」

 印国からまだ正式な使者は来ていない。いち早く情報をもたらしたのは紅蘭であった。

 「それで友殿が国主を継いだわけか」

 「そこまでの情報はまだ入ってきていないけど、たぶんそうだろう」

 紅蘭が言うと、正面に座っていた厳侑が首をひねった。

 「章友という人は、その……国主としてはあまり的確ではないと聞きますが……」

 樹弘達は厳侑の商店で会っていた。厳侑は相房の乱の時、早くから樹弘達に協力しており、現在では泉国での政商の地位を確立していた。厳侑の商売先は翼国と静国が中心であり、印国を中心に商売していた紅蘭と業務提携をしていた。

 「私は実際には知らないけど、樹弘は会ったことがあるんだろう?」

 「あるけど、そこまで深く話をしたわけではないからな。ほとんど接することがなかった」

 樹弘が思うには、あの章友という男ではよほどしっかりとした延臣を揃えなければ国主として立ち行かないだろう。

 『章海殿がおられれば、安泰ではあろうが……』

 翼公が認めた人物である。樹弘も実際に会ってみて、溢れんばかりの才覚を実感することができた。章友が章海を上手く使いこなせれば、国主の座は安泰であり、印国も今まで通りの安定した国家となりえるだろう。

 「ま、これでどちらにしろ樹弘の結婚話はひとまずお預けということだ」

 紅蘭が言うまでもなく、そうなるであろう。樹弘と章理の結婚を一番後押ししていた人物が亡くなったのである。少なくとも章穂の喪が明けるまでは、この話が浮上することはないだろう。

 「そうだろうな」

 喪が明けたとしても章穂以上に結婚話を推奨してくる人物がいるだろうか。あるいはこのまま有耶無耶になるかもしれなかった。

 「残念だったな、樹弘。折角、美人と結婚できるかもしれなかったのにな」

 紅蘭がからかうと、樹弘は肩をすくめた。

 「僕に章理さんはもったいないよ。彼女は印国において章友殿を補佐する立場にあるべきだ」

 そう言いながらも、章理は樹弘からすると結婚したい女性の理想的な姿であったかもしれない。だが、そういう女性はなかなか現れないだろう。

 「容姿の美醜はさて置くとして、理知的で家庭内のことだけじゃなくて政治的にも僕を助けてくれる女性が出てくるのを待つとするよ」

 樹弘が言うと、紅蘭は急に笑い出した。

 「出てくるのを待つ?ははは、何を言っているんだよ、すぐ傍に景丞相という最適な女性がいるじゃないか」

 紅蘭に指摘されて、樹弘は顔を真っ赤にした。反論しようとしたが、厳侑も忍び笑っていたので、もう黙ることにした。


 紅蘭の情報から遅れて印国から使者が来た。使者は章季であった。

 「こういう形で貴女とお目にかかるとは思っていませんでした。泉公として印公の薨去にお悔やみ申し上げます」

 「ありがとうございます。母も人生の最期に泉公と出会えて喜んでおりましょう」

 型通りの挨拶を終えると、樹弘は章季を私室に招いて、章穂の死去前後のことについて尋ねた。そこで章穂の臨終寸前に放たれた章友の暴言を耳にすることになった。

 「章友殿がそのようなことを……」

 樹弘は驚き衝撃を受けた。樹弘が見た章友とは抜けているところはあったが、暴言を吐くような人物のようには思えなかった。

 「私も何かの間違いであって欲しいと思うのですが、兄様は母が亡くなる寸前にそう言ったのです。私だけではなく、姉さんも海叔父様聞いております。閣僚達も……」

 章季は声を暗くした。章季にしても母の今際の際で兄がそのようなことを言ったのを信じたくなかっただろう。

 『これから印国は大変だろう……』

 章友の発言は人として決して温かみのあるものではなかった。ましてや国主としては失格であろう。そのような人物を国主として仰ぐことを閣僚や国民はどう思うだろうか。樹弘は他国のことながら心配でならなかった。

 「戻られたら章理さんに申し上げてください。何かありましたらご協力しますので遠慮なく申してくださいと」

 樹弘はあえて章友を相手にしなかった。おそらく章友に同じようなことを言付けても章友は聞き入れないだろう。章季もそう思ったからであろう、明確に姉さんに伝えておきます、と答えた。

 

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