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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
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寂寞の海~17~

 女三人が乙女のような会話を繰り広げている頃、樹弘は甲朱関と会っていた。甲朱関はここ最近では桃厘に滞在し、泉国南方の軍事一般を任されていた。

 樹弘にとっては軍事おいて全面的に信頼を置ける家臣であると同時に、年代の近い友人、兄貴分のような存在でもあった。

 「わざわざこのような夜更けに私と二人きりで話をしたいということは政治的な話ではありませんね。何事でしょうか?」

 樹弘は印公から章理との婚儀を持ち掛けられていることを話した。

 「印国にいた時は章理殿が真正面から拒否したから婚儀の話は流れたのだと思っていたけど、その章理殿がこうして使者として来たからにはまだ話は存続しているのだろうか、と思ってね」

 「ふうむ。主上のその気がないのでしたら、正式にお断りをすればよいではないですか?」

 「実は悩んでいるんだ。立場上、結婚せねばならないのは分かっているからね」

 「それでしたらすればよろしいではないですか?主上としては章理殿はお気に召さないと?」

 「そういうわけじゃない。章理殿は魅力的な女性だ。しかし……」

 「政略的な結婚がお気に召さないとか、それとも他に理由があられるとか?」

 「自分でもよく分かっていないから、朱関に相談しているんだ」

 「主上から色恋の相談を受けるとは思っていませんでしたな」

 甲朱関は少し嬉しそうであった。

 「色恋だなんて……」

 「主上は真面目過ぎます。よろしいではないですか。章理殿を妃として招き、他に気になる女性がいるのなら第二婦人、あるいは妾とお召しになさいませ。国主として複数の女性を愛するのは罪ではありません。ましてやお子を成していただくことを考えれば、二人三人では少ないぐらいです」

 「待て待て、朱関は僕を暴君にするつもりか?」

 「多くの女性を得たからと言って必ずしも暴君とは限りません。今の静公も正妃と三人の寵姫がおりますぞ」

 樹弘の価値観というものはまだ庶民のままであった。複数の女性を後宮に収めるというのは、どうも女漁りをしているようで、紊乱な気がしてしまうのであった。

 「主上が真面目であることは臣下として喜ばしいことです。しかし、どうも真面目過ぎると、息苦しさしか感じられません」

 「それは悪かったな」

 「主上、失礼ながら女性経験はおありですか?」

 「馬鹿にするな、それぐらいはある」

 と言っても、雲華ひとりしか女性を知らないが、それは黙っておくことにした。

 「主が女性に対して貪婪というのも問題ですが、やはり真面目過ぎるというのも如何なものかと思いますな」

 そういう甲朱関が多少浮名を流していることは樹弘も知っている。そのくせすでに彼には幼いころからの許嫁がおり、近いうちに結婚するという。

 「僕が真面目か。それとも朱関は不真面目なのか……」

 「主上が真面目過ぎます。おそらくは歴代のいかなる国の国主よりも真面目でありましょう」

 「馬鹿にされていると思っていいんだな」

 甲朱関は答えずに、ふふと鼻で笑った。

 「章理殿のことは別として、主上がよく思っている女性はおらぬのですか?女気がまったくないわけではないのですから」

 甲朱関に言われて樹弘は色々な女性の顔を思い浮かべた。景蒼葉に黄鈴。紅蘭に柳祝、そして雲華。あるいは田壁であったり、相蓮子の顔も浮かんできた。いずれも魅力的な女性であったが、良き人かと問われれば違うように思われた。

 『朱麗さん……』

 最後の出てきたのは景朱麗であった。樹弘と関わってきた女性の中で、おそらくは一番濃密な時間を過ごし、他の女性との間にはない特別な関係であっただろう。それは単に主上と丞相というだけの関係ではなかった。そして単なる男女の関係でもなかった。

 『僕は朱麗さんのことが好きなのか……』

 改めて思うと、堪らなく景朱麗のことが愛おしく、男として抱いてみたかった。しかし、樹弘が景朱麗を女性として求めたならば、彼女は樹弘のことを軽蔑するであろう。樹弘が知る景朱麗とはそういう女性であった。

 「どうやら、主上には想う人がいるようですな」

 甲朱関がにやっと笑った。樹弘の悩みと景朱麗への思慕を見透かされているような気がして、樹弘はぱっと視線を外した。

 「まぁよろしいでしょう。すぐに答えを出すような問題でもありませんからね。しかし、主上が本気になれば、章理殿や章季殿、あるいは朱麗姉さんとかも左右に侍らすこともできるのに」

 「朱関!馬鹿なことを言うな、朱麗さんは丞相だぞ」

 やはり見透かされていたのか。樹弘は声を荒げてしまった。甲朱関はしたり顔をしたが、優しく諭すように言った。

 「主上、朱麗姉さんも女性ですよ。もし主上が朱麗さんを女性として想われているのであれば、素直に申し上げてみてはいかがですか?」

 甲朱関はそう言うが、どう考えても拒否される未来図しか樹弘には見えなかった。

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