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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
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黄昏の泉~28~

 樹弘と景朱麗は、泉春に到着するとすぐに厳侑の店に駆け込んだ。

 「この店にいる限りは大丈夫です。お任せください」

 厳侑はそう胸を叩いた。

 「それは心強い。迷惑をかけるが、よろしく頼む」

 「朱麗様……いや秀麗様でしたか。我が店は景政様のご用達でもありますから、まず官警に目をつけられることもありません」

 「それは安心だな」

 「と言うよりも、正直なところ、相公にしても皆様を捜している場合ではないのですよ」

 「でも、偽公子は討たれたんですよね?」

 と聞いたのは樹弘であった。

 「それでも全ての反乱、一揆が討たれたわけではありませんからね。小規模ながら数自体は増えてきています。それに隣国の翼や伯の動静もあります。さらに言えば、史博様と季瑞様の不仲もあります」

 史博と季瑞。樹弘の知らぬ名であった。

 「二人とも相房の息子で、史博が長男、季瑞が次男だ。二人ともここにいるはずだ」

 そう景朱麗が教えてくれた。

 「そうか、あの二人は不仲か。まぁ、無理もないだろう」

 要するに相房の後継問題ということであろう。樹弘にもそのことぐらい容易に想像がついた。

 「当然ながら長子である史博様が後継となるのでしょうが、家臣団の中には季瑞様を推す者もおります。この二派の争いが、しばし表面化する機会が多くなってきたのです」

 「史博も季瑞も凡庸と聞く。後継にするにはどちらも決定打がないということか?」

 「そういうことでしょう。しかも相公は、三男の宗如様を後継にしたいという話もあります」

 「宗如な……。優秀と聞く。だからこそ、史博と季瑞によって辺境にやられたと言われているな」

 左様です、と厳侑が相槌を打った。

 「史博と季瑞。そして宗如。この三名が後継を巡り争うことになれば、面白いことになるな」

 相家で内紛が起これば、朱麗達が成さんとすることはやりやすくなるだろう。

 「まさに内憂外患というやつです。相公は皆様の探索を命じたようですが、どうやら徹底されていないようです」

 「そういえば蓮子のところにも私達の手配書は回っていなかったらしい」

 「度重なる内乱で人材が不足するだけではなく、派閥争いが起こると職務を全うしようとする者も少なくなるようです。自然と指示系統も粗雑になって、命令が徹底されなくなっています」

 その分商人はやりやすくなります、と厳侑は笑った。

 「なるほど。しばらくは泉春で世情の様子を見るとするか。そこまで相房の政治が腐敗しているとなると、父上を救い出す好機も出てくるだろう」

 樹弘も景朱麗のその考えに異存はなかった。


 翌日から樹弘と景朱麗は厳侑の店で働くことになった。といっても景朱麗は店先に出ることはなく、店の中で在庫品の整理やらをするだけであった。しかし、それでも厳侑は当初反発した。

 『朱麗様を働かせるわけにはいきません。樹弘さんも我等にとっては恩人です。そんなまねは……』

 『いや、働かせてくれ。ただで世話になるわけにはいかないし、ここで働くからこそ見えてくるものもある』

 景朱麗はそう言って厳侑に渋々認めさせた。

 樹弘の場合は、進んで店の外に出た。主に商品の配達で泉春の方々を巡り、そのついでに情報を収集していった。

 厳侑の商売は手広かった。景家の関係者に留まらず、泉国の多くの権門と付き合いがあった。樹弘はそれら権門の使用人と仲良くなり、また泉春宮に出入りすることもあったので、門兵達とも顔見知りになった。

 樹弘は彼らからなんとか景秀の居場所を聞きだそうとしたが、まるで掴めなかった。

 「まぁ当然だろう。景政や景晋も知らぬと言っているからな。極一部の者しか知らないのだろう」

 樹弘の報告に、景朱麗は落胆している様子はなかった。景秀を救出することに逸っていた景朱麗ではあったが、泉春に潜伏してから随分と慎重というか、落ち着きが出てきた。

 『泉春での生活が朱麗様を丸くさせている……』

 樹弘はそう感じていた。厳侑の店で働き、そこで他の使用人達と接していることが、景朱麗の対人関係に柔軟さをもたらしていた。厳侑の使用人達は景朱麗の正体を知らない。だから、厳侑が迎えた貴人らしき人物がいきなり自分達と働き始めて、当初は戸惑っていた。だが、景朱麗の聡明さと誠実さを知ると、彼らは親しく景朱麗と接するようになった。そのことが景朱麗の人格から刺々しさを引き抜いていった。

 「しかし、こうも糸口がないと……」

 寧ろ樹弘の方が焦れていた。泉春宮に出入りする度にその警備の厚さに圧倒され、居場所を知れたとして無事に潜入し、景秀を救い出すことができるのか不安になってきた。

 「うん……。やはり頼みの綱は景晋か。明日ここに来る予定になっているから今一度探ってみるか」

 「私も明日は泉春宮に入ります。今度こそ首尾を得られるように頑張ります」

 「ありがたいが、無理はしないようにな。それでしくじったら、元も子もないからな」

 

 翌日。樹弘は荷馬車と率いて泉春宮に入った。厨房に肉やら野菜を届けに来たのだ。

 「今日は多いですね」

 樹弘は顔なじみになった厨房の料理人に聞いた。

 「ああ。今日は重要な会食があるんだよ。ほう、いい肉だな」

 料理人が牛肉の塊をしげしげと眺めていた。特級ですよ、と樹弘は言いながら、料理人の言葉を反芻した。重要な会食ということは、景政も出席するのだろうか。

 その後、この料理人と少しばかり言葉を交わし引き上げようとすると、厨房の外が騒がしくなった。何事かと思っていると、思いがけない人物が厨房の入ってきた。

 「腹が減ったんだ。何か食わしてくれ!」

 まるで子供のように喚き入ってきたのは相蓮子であった。樹弘は顔を伏せようかと考えたが、それよりも先に相蓮子と目が合ってしまった。

 「おお、君は!そういうば商人の使用人だったな」

 相蓮子は実に嬉しそうであった。

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