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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
277/963

寂寞の海~14~

 樹弘は答礼の使者として章理と章季に接した。章季は鑑京であった時とさほど印象は変わらなかったが、章理は随分と違っていた。

 『こんな柔らかい人だっただろうか』

 樹弘に対する礼を述べる章理からは、あの頭から拒否をするような刺々しさがなかった。凛とした表情は残しつつも、樹弘に向けられていた刺々しさがなかった。

 儀礼的な対面を終えた樹弘は、二人を私室に招いた。

 「改めて母の誕生を祝う式典にご参列いただきありがとうございました。その……泉公に対して失礼を致しました。その謝罪も改めてさせていただきます」

 やはり章理は別人のようであった。あそこまで樹弘に対して棘のある態度を取っていたのが嘘のようである。

 「あの時はびっくりしましたよ」

 「母の手前、あのように言わねばなりませんでしたから。私は本気で結婚をするつもりはないのです。ですが、泉公には大変興味があります。だからこうして使者を引き受けたのです」

 樹弘は平静を装いながらもどきりとしていた。章理ほどの佳人に興味があると言われて無反応な男性はいないだろう。

 がさっと音がした。振り向くと後ろで控えていた景朱麗が壁に手をついて、やや苦しそうにしていた。

 「朱麗さん、大丈夫ですか?」

 「大丈夫です。少し立ち眩みしただけです」

 景朱麗はすぐに壁から手を離した。疲れたら座ってくださいね、と樹弘は一声添えた。

 「市井から出られて数年で国主の座に返り咲き、さらに数年で泉国をかつての姿に戻された。その手腕について是非とも色々と教えていただきたいのです」

 章理が熱っぽく語る一方で、樹弘の熱はやや冷めていった。要するに章理は泉公としての樹弘に興味があるのであり、一人の男児として興味があるわけではなかった。内心がっかりしている自分に樹弘は苦笑した。

 「私は国で政治をやりたいと思っています。国主は友であってもいいのです。丞相でも閣僚でもいい。とにかく参政したいとずっと思っているんです」

 母上はそれを分かってくれません、と章理は声を静めた。章理と章穂の確執は単に結婚するしないだけではないらしい。

 「だから結婚はしたくない、ということですか」

 「はい。私は景丞相に憧れております」

 章理は熱っぽい視線を樹弘の背後に投げかけていた。ちらりと振り返ると、景朱麗は明らかに困惑していた。

 『紅蘭に似ているな』

 今では商人をしている紅蘭はかつて政治を志し、景朱麗に憧れていた。あの時の紅蘭の熱っぽさは、章理のそれに似ていた。

 「もてるね、朱麗さん」

 樹弘が言うと、からかわないでください、と上ずった景朱麗の声が聞こえた。

 「まぁ、ごゆっくりしてください。お二人の行動は一切制限しませんので」

 ありがとうございます、と章理と章季は同時に言った。この時、章季の声を初めて聴いたような気がした。


 章理と章季が退出するのを見届けた景朱麗は、全身で呼吸を繰り返し、心身を安定させていた。それほどまでに景朱麗の全身は緊張していた。

 章理が樹弘との結婚に対して前向きではないことは改めてはっきりとした。それはひどく景朱麗を安心させた。章理の樹弘に対する感情も、異性というよりも国主として興味があるという程度であることも景朱麗の心を静めてくれた。しかし、

 『章理殿は私に似ている……』

 そのことが多少景朱麗の心に新たな波を立たせていた。どうと説明のできる類のものではないが、章理が鏡写しの自分であると思うと、やがて彼女も樹弘に対して複雑な心境になってくるのではないか、と邪推していしまうのであった。

 「章理さんも政治をすることを志していたんですね。朱麗さんそっくり」

 樹弘も同じようなことを考えていたらしい。

 「主上にはそのような女性が集まるようですね。紅蘭殿もそうでした」

 「そうだね。でも、そういう女性がいるというのは国家にとって活力になる」

 樹弘としては他意のない科白であっただろう。しかし、景朱麗からすると自分のことを一人の女性として見られていないような気がした。

 『主上は好いた女性がいたのだろうか』

 その女性と結婚しようと思ったことはないのだろうか。直接樹弘に訊けば済む問題なのだが、聞けぬのが景朱麗という女性であった。

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