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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
27/962

黄昏の泉~27~

 「樹君、樹君」

 樹弘と景朱麗が景政の天幕を出ると、景晋が追いかけてきた。あえて樹弘の名前を呼んだのは、周りを気にしての配慮であろう。景晋はそういう肌理の細かい男のようであった。樹弘達が立ち止まると、景晋は身を寄せてきた。

 「朱麗様。父が失礼しました。父とて協力したいのは山々かと思うのですが……」

 景晋は景政に増して優しげな風貌をしていた。怒気を含んでいた景朱麗の顔も幾分か和らいだ。

 「いや、私も大人げなかった。つい、感情的になってしまった……」

 「父はあのように申していましたが、私としても景秀様をお助けするのは今が好機かと思います。私如きがどこまで協力できるか分かりませんが、可能な限りお手伝いさせていただきます」

 「それはありがたいが、私は景政殿が何を考えているのか分からない。今や景政殿は相房の寵臣として我が世の春を謳歌しているのに、どうして私達を助けるのだろうか。景政殿からすれば、今にでも私を相蓮子に差し出した方が得策であるだろうに……」

 「父は私にお心の全てを語ってはくれません。しかし、景家の当主はあくまでも景秀様であると思っていることは確かのようです」

 それが景家の者としての生き方です、と景晋は言った。そういう犠牲的な精神を本気で信じているような口ぶりであった。

 景晋と別れ再び二人きりになると、景朱麗は茶を所望した。樹弘は慣れた手つきで景朱麗のために茶を淹れた。

 「景晋はああ言っていたが、油断はしないようにな」

 景朱麗は、樹弘が淹れた茶を上手そうに飲みながらも、表情は引き締めていた。

 「それは景晋様が信用できないということですか?」

 樹弘も椀を手にした。しかし中身は茶ではなく白湯であった。

 「いや、景晋はそういう男ではない。人を欺くことによって利益を得ようとは考えないだろう。しかし、景政は正直得体が知れないし、家臣達もいる。ここで信用できるのは、お互いだけだということを心得て欲しい」

 それは要するに樹弘には絶大な信頼を寄せているということである。樹弘としてはその期待になんとしても応えたかった。

 だが、現実問題として、樹弘と景朱麗だけで泉春のどこかに捕らわれているだろう景秀を探し出し、救出するのは至難の業であった。

 「厳侑を頼るか?しかし、彼は商人だから必ずしも泉春にいるとは限らないか……」

 景朱麗がその疑問を口した。しかし、樹弘が応えられるような内容ではなかった。

 「ひとまず泉春に行きましょう。厳侑様がおらずとも、店の者は誰かおりましょう」

 「うん……」

 景朱麗は自信なさそうに頷いた。今になって前途に不安を覚えているようだ。

 「先ほど景政様には二人でもやると仰ったのは朱麗様です。その様に弱気では何事を成しえましょうや」

 不安は景朱麗だけのものではない。樹弘も不安であり、成否の可能性を考えれば限りなく低い。それでもやると決めた以上はやらねば何事も進み得ない。樹弘はそのことを言った。

 景朱麗ははっと気色を変えた。いつもの精悍な顔つきに戻った。

 「ああそうだ。樹君の言うとおりだ。弱気であっては何事も成せない。まさにそのとおりだ」

 景朱麗は俄かに強気を得ていた。

 「私はどうにも情けないな。こうして樹君に励まさせてばかりだ」

 「いえ、僕も僭越なことを申しあげました」

 「これからも頼むぞ。私が弱気なことを言ったら叱ってくれ」

 「とんでもございません。僕こそ差し出がましいことを言いました。すみません」

 樹弘は深く頭を下げた。


 相蓮子の軍勢から離れた樹弘達は、来た道を戻るようにして泉春へと向かった。これまでと違い、景政の身辺にいれば関所などで誰何されることもなく、悠々と進むことができた。

 景朱麗と景政はあの夜以来、言葉を交わすことはなかった。それでも無視をしているというわけではなく、時折確認するように視線を送ってきた。代わりに声をかけてくるようになったのは景晋であった。

 「秀麗様、何かお困りのことがありましたら、ご遠慮なく仰ってください」

 秀麗というのは景朱麗の偽名である。景朱麗自身も、髪を短く切り、染料で痣のようなものを顔に描いて変装をしていた。

 「充分です、景晋殿。それよりも泉春に着いてからのことです」

 「それにつきましては、使いの者を先行させて厳侑に知らせております。彼ならばよい潜伏先を見つけてくれるでしょう」

 景晋は、万事やることに卒がなかった。これならばしばらくの間は泉春に潜伏できるであろう、と樹弘はひとまず安心をした。

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