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七国春秋  作者: 弥生遼
寂寞の海
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寂寞の海~5~

 船が接舷した印国の港町は新判といった。島国である印国にとって港町は玄関口である。同じ港町でも洛鵬よりも立派であるように思えた。

 桟橋には多くの出迎えが来ていた。その中でひときわ大きな体をした老躯がいた。あの人が左堅なのだろうと思っていると、やはりそのようで挨拶をされた。

 「泉公、お初にお目にかかります。左堅と申します」

 体の大きさでいえば、泉国で将軍を務めている文可達といい勝負だろう。甲元亀と並ぶと、巨岩と小石のようであった。この二人が若かりし頃、お神酒徳利のように働いていたと思うと、ちょっとおかしかった。

 「出迎えご苦労様です、泉公です。この度はお招きいただきありがとうございます」

 樹弘が丁重に謝辞を述べると、左堅はやや驚いたように目を丸くした。

 「いや、これは失礼しました。ここまで丁重なお言葉を賜るとは思っておりませんでしたので……」

 「ほほ。それが我らが主上のよいところと」

 甲元亀は嬉しそうに言って、左堅の腰を叩いた。


 樹弘達は左堅の案内で国都鑑京へ向かった。道中、左堅と食事などを共にすることがあり、樹弘は印国にまつわる様々なことを聞き知った。

 「そういえば、翼公も印国におられたんですよね?」

 翼公から昔語りを聞いたばかりの樹弘からすると、翼公が印国で過ごした日々の話はまだ記憶が新しかった。

 「左様です。先代国主であった章平様の傳役を務めておりました」

 「では、翼公もいらっしゃるのですか?」

 「いえ、残念ながら。翼国とは色々と交流はあるのですが、翼公がお出でになられることはずっとありません」

 冷静に考えてみると、翼国の国都である広鳳から印国に渡ることを考えれば、随分と長旅になってしまう。易々と行けるはずもないだろう。

 「では、今回、招待されて出席するのは私だけですか?」

 「左様です。例年は誰もお越しにはなられないのですが、今年は泉公が来られるということで主上も喜んでおられます」

 「私一人というのは恥ずかしいな。でも、印公とはお目にかかりたかった」

 現在の印公は女性だという。どういう人物なのか非常に興味があった。

 「まさしく。主上も泉公がどのようなお方か拝見したいと申しておりましたので」

 左堅の言い方に多少の他意を感じた樹弘であったが、あまり深く考えずに鑑京への旅を続けた。


 新判から七日で鑑京に到着した。普通であれば四日ほどで到着できるらしいのだが、温泉地などに寄っていたため、時間がかかってしまった。

 鑑京という国都は、規模として広鳳や吉野には劣るであろう。しかし、目抜き通りには商店が軒を連ね、夕刻にも関わらず人通りも多かった。殷賑を極めた都市と言えるだろう。

 「印公の政治の良さを体現したような光景ですね」

 馬車の窓から鑑京の街並みを窺った樹弘は正直な感想を漏らした。

 「印国は我が国と違って農耕がそれほど盛んではありません。その分、鉱物資源が豊富で、島国という特性を活かして漁業も盛んです。それらを輸出することで国家の経済を確立しております」

 甲元亀が解説を加えた。印国は貿易立国というところであろうか。農産業が中心で内需中心で経済が回っている泉国とは正反対であった。

 「経済的観点からいえば、どちらが正しいというものではありません。それぞれの国に相応しい経済政策というものがありますので」

 「その政策は今の印公が確立したのですか?それとも伝統的なものだったのですか?」

 「昔からそのような政策を採用しておりましたが、本格的に取り組んだのは最近のことのようです。先代印公の御代の頃です」

 樹弘はここまでの話を聞いて首を傾げた。翼公の昔話を聞く限りでは先代印公―章平はそれほど優秀な人物とは思えなかった。むしろ弟の章海の方が優秀であるようだったが、兄に疎んじられて鑑京を去ったという。先代印公には政治経済に精通した補佐役がついたのであろうか。

 「先代印公を支えたのは今の印公です。今の印公は先代の奥方なのです」

 樹弘の疑問に甲元亀は答えた。なるほど、と思うと同時に驚かされた。印公が女性であるとは知っていたが、先代印公の奥方であるとは思っていなかった。

 「今の印公が……。なるほど優秀な方だったのですね。それで跡を継がれたと?」

 「まぁ、多少の経緯があるのですが、今の印公は聡明な方です。お会いすれば分かるかと思います」

 多少の経緯というものが気になったが、他国と他家のことをあまり詮索しない方がいいだろうと思い、それ以上のことは聞かないようにした。ただ印公との対面を楽しみになっていた。

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