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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~75~

 年が改まると楽乗は国主の座に就いた。楽宣施の時代にできた丞相の地位を廃し、閣僚の合議政体を復活させた。その閣僚には胡旦、羽敏、羽綜、阿習などが入ったが、郭文は高齢を理由に辞退した。

 「郭文にはまだまだ教えてほしいことが多いのだが……」

 「二十年、諸国を放浪されて見聞を深めた方に教えることなどあろうはずがありません。乗様のお心のままに政治をなさればよいでしょう」

 「二十年か。ただ逃げ回ってきただけだがな」

 「それこそ貴重な体験です。各国の国情をお知りになり、民衆と接することで民が政治に何を望んでいるかも知ることができたでしょう。何よりも楽乗様は苦労をお知りになられた。苦労を知らぬ者は苦労する者達のことが分かりません。苦労を知らぬ者が上に立つと、苦労している者を容易に切り捨てます。それは上に立つ者に相応しくありません」

 「そうか。私の苦労が国や民のためになるのなら、随分と安いものだ」


 楽乗は即位後すぐにある場所に向かった。宮殿の地下にあるという神器を目にするためである。

 「これが神器か……」

 初めて見る神器は、神々しさをまるで感じなかった。ただの弓兵が使う弓だと言われればそうだと思われ、これが国主に証だと言われても今一つ実感ができなかった。

 「玄紹様や父上、宣施は触れたのだろうか?」

 楽乗は同行した祭官に訊いた。祭官は存じかねますと答えた。

 触れるべきなのだろうか。楽乗は考えた。触れて反応しなければ、神器は楽乗を国主として認めなかったことになる。

 『だが、それがすべてなのだろうか』

 神器に認められるのがすべてであろうか。それだけが国主となる要件なのだろうか。そうではあるまいと楽乗は思うのであった。

 「もし触れて反応しなければ、それはそれでよし。私が国主として相応しくなければ、神器ではなく民衆が私を見放すだろう」

 楽乗は神器に触れた。その瞬間、破天の弓は青白く光った。構えて弦を引いて離すと、びんという力強い音がした。

 「おお……。これはなんと尊い……」

 祭官が平伏した。楽乗は全身に力が駆け抜けるのを感じた。

 「神器に認められた?これが神器の力か……」

 「まことにそのとおりでございます。真主の誕生、これほど尊いことはありません」

 「ふむ……」

 楽乗は破天の弓を台座に戻した。

 「民衆にお知らせしなくてもよろしいのですか?真主の誕生は民衆の誰しもが望んでいたものですが」

 「そうかもしれぬ。しかし、私にとってはこの弓に認められたことはそれほど大きな意味をもたない。神器に認められたと安堵して、疎かな政治をしたくない。むしろ神器は私にとっての戒めとしたい」

 「まさしく。その姿勢こそまさしく真主でございましょう」

 祭官が恭しく拝手した。

 

 以下は余話としたい。

 楽乗は即位してから数年は内政の充実を行った。だが、一度だけ戦争をした。泉国との戦争である。

 楽乗にとって泉国は辛酸をなめさせられた仇敵である。国主として自己の怨嗟だけで戦争を起こすというのは愚かであるとは百も承知であったが、こればかりは自制ができなかった。

 戦争の大義がないわけではない。この時、泉国では相房が泉弁を弑逆し、国主の座についていた。相房の不義を鳴らして攻め込むことができた。そして何よりも楽乗を楽宣施に売り渡そうと進言したのは相房と聞いている。楽乗の中では十分に大義が揃っていた。

 『それに泉国は胡演の仇だ』

 泉国北部に侵入した楽乗は瞬く間に十の城を奪った。相房の乱で疲弊し、国情が乱れた泉国軍は成す術がなかった。

 『この辺りでいい』

 楽乗は軍を止めた。当初から楽乗は泉国を完全に征服するつもりはなかった。幾ばくかの城を奪取し、それを引き換えに賠償金をせしめようと考えていた。楽乗が政治的な老獪さを発揮したのもこの時であった。

 この作戦は成功した。国情が安定していない相房からすると、これ以上攻め込まれては国主の座を脅かされかねない。相房は拍子抜けするほど簡単に楽乗から提案された講和案を受けれた。楽乗は奪った十の城を返還し、多額の賠償金を得た。その金は新田の開墾などに使われ、今日の翼国の礎となった。

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