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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~70~

 剛雛軍の強さは、その素早さにあった。単に行軍速度が速いというだけではなく、軍の準備出発も迅速であった。剛雛が出立を命じれば、通常一日はかかるであろうところを数刻後には軍を進発させることができた。

 『我が軍にはそれほどの実力はない。だから敵よりも先に行動し、敵よりも有利な状況で戦を始める。我が軍が勝つにはそれしかない』

 それこそが剛雛の信念であった。この時の戦いもまさに剛雛の兵法を体現したものであった。敵は籠城するものであろうと考えていた楽宣施は完全に油断していた。

 そもそも翼国南部は広大な森林地帯が広がり、大軍の行動に向いていなかった。楽宣施は軍をいくつかに分けるほかなく、剛雛軍の餌食となった。それまで騎馬主体の軍編成をしていた剛雛であったが、それを惜しげもなく捨てた。森林地帯では騎馬は不利であると判断してのことであった。

 剛雛は千名単位の小部隊を複数組織し、森林地帯で楽宣施軍を発見してはこれを襲った。長時間の戦いは避け、敵が本格的な反抗をする前に風のように立ち去った。剛雛はこの戦い方を何度も繰り返した。楽宣施からすれば、集団として見えない敵がどこから襲ってくるか分からない状況に置かれた。

 「おのれ!武人であるのなら、正々堂々と戦え!」

 楽宣施はいきり立った。剛雛の戦い方はこれまで楽宣施が戦ってきたいかなる相手とも違っていた。武人としての名誉などなく、ただ勝利という実利を得るがためだけの戦いであった。

 「こうしている間も楽乗は許斗に迫っております。小勢など無視して尾城へ向かいましょう。尾城を取れば、ちょこまかと動く輩も黙りましょう」

 将軍の一人が口を開いた。楽宣施はそのとおりだと思うと同時に、将軍達に物足りなさも感じていた。

 『そもそもこいつらが無能だからこそここまで苦労し、俺もこうして出張ってきているのだ』

 という傲慢な思いが、楽宣施にはあった。すでに楽玄紹の薫陶を受けた将軍達のほとんどは鬼籍に入っていた。楽玄紹の弟であった楽成は楽宣施自らの手で誅殺してしまったし、楽乗の岳父である龐克も数年前に病死していた。どうにも将軍達の顔ぶれに精彩を欠いていた。

 「ともかく尾城へ急ぐか……」

 楽宣施は各部隊に尾城へ急ぐよう指示を出した。それこそ剛雛と陳逸の思うつぼであった。

 楽宣施軍が尾城へ急行していると知った剛雛は、各敵部隊への奇襲を続行させた。但し、これまで短時間攻撃して素早く撤退するというものであったが、今回は撃破するまで徹底的に攻撃させた。

 「急行している敵は互いの連絡を取れまい。徹底的に攻撃するのだ」

 陳逸は的確に指示を出し、散り散りになった楽宣施軍を各個撃破していった。特に陳逸は、敵将兵への士気を低下させるために敵軍の後方から攻撃を仕掛けていった。これにより広鳳を出た時は約三万名あった楽宣施軍は半数近くまで減らされた。

 「それでも敵に比べれば大軍だ。構うな!」

 楽宣施は焦れながらも急がせた。しかし、将兵の士気は著しく低下していた。後方が脅かされていることから、補給への不安と広鳳に帰れないかもしれないという恐怖が全軍に蔓延していた。

 「どうにも旗色が悪い。楽乗様に降るべきではないか?」

 「すでに楽乗様は許斗を得ていよう。そうなれば侮れない戦力となる」

 「しかも静公が支持している。どこの国からも支持されていない楽宣施様の方が不利ではないか」

 将軍達が膝を突き合わせて囁き始めた。そのような気分を察することのできない楽宣施は、自己の野心を最優先し、配下の将兵の心情など構わなかった。それが楽宣施にとって悲劇を生んだ。尾城にたどり着く前に、多くの将兵が叛したのである。

 「我らの主は楽乗様ぞ!」

 「宣施様についていては未来などないぞ!」

 尾城を目前にして叛した将兵達は猛然と楽宣施に襲い掛かったのである。

 「何だ!何があったのだ!」

 突如、想定せぬ方向から攻撃を受けた楽宣施はただただ困惑するだけであったが、味方から攻撃されていると知れると、怒りに任せて剣を地面にたたきつけた。

 「くそ!戦ができぬ不忠者め!」

 罵詈雑言を吐き散らしても、楽宣施としては逃げるしかなかった。楽宣施と供に広鳳に逃げ帰ったのはわずか五千名に過ぎなかった。

 「どうやら敵は逃げたようです」

 楽宣施が退却したと知った剛雛は陳逸と協議した。主題は楽宣施を追撃するかどうかであった。

 「追撃はやめておこう。我らの目的はすでに達した。無駄に兵力を損ずる必要もないし、これ以上胡旦様に疎んじられても困るだけだからな」

 陳逸の言葉に剛雛は頷いた。剛雛は尾城の守備を固めつつ、許斗へ向かう楽乗軍に援軍を出すことにした。

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