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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~69~

 剛雛軍は摂から西へ向かった。存分に斥候を出し、敵情を探った。やはり広鳳から軍が発進したようで、楽宣施自ら指揮をする大軍勢である。

 「敵がこちらに気が付いている様子はないのか?」

 陳逸が問うと、斥候兵はそのようですと答えた。

 「剛雛、ひとつ奇襲をかけてみてはどうだろうか?こちらに気が付いていたとしても、敵は楽乗様の本体しか目に入っていないだろう」

 陳逸に言われるまでもなく、剛雛も同じことを考えていた。思い立つと行動の早い剛雛は、斥候の情報から敵の正確な地位を割り出し、わずか五百騎の騎兵だけを引き連れて敵を強襲した。

 この強襲は成功した。襲った敵は本体ではなかったが、不意を襲われた楽宣施軍は一時混乱し、進軍速度を緩めることになった。

 奇襲に成功して帰ってきた剛雛は陳逸を招いた。奇襲に成功したことで、剛雛はある構想を得るようになっていた。

 「尾城を取ろうと思うのだが、どうだろうか?」

 尾城は翼国中腹にある拠点である。北部と南部を隔てている黒絶の壁の南側にあり、どちらかに攻め入る時はここを拠点にせねばならなかった。但し、摂を出た楽乗軍は、この黒絶の壁を東側から迂回するように北上しているため、尾城を通らない。だが、楽宣施軍は当然北伐のために尾城を拠点とするだろう。ここを剛雛軍が奪取できれば、楽宣施軍を大きく阻止することができる。

 「面白いと思うが、懸念は二つある。一つは我らだけで奪取できるかということ。もう一つは奪取できたとして我らだけで死守できるかどうかだ」

 「死守するのは楽乗様が許斗を得るまででいいでしょう。それなら充分にできる」

 「そうだな。幸いにして先の強襲で敵の進軍は鈍っている。敵よりも先に尾城を襲うとするか」

 参謀のお墨付きを得た剛雛は、早速に軍を北上させることにした。ここでも剛雛は機動力のある騎馬隊を先行させ、完全に油断しきっていた尾城を易々と攻略してしまった。

 『剛将軍は槍働きだけではなく、戦のを指揮させても百戦百勝している。まさに軍神である』

 それまで虚像であった戦場における剛雛の姿が、実像として将兵達の前に舞い降りた瞬間であった。槍をふるっては他者を寄せ付けず、戦場で将兵を進退させても、敗れることのない剛雛の姿はまさに軍神であった。

 『楽乗様が広鳳にお入りになった暁には剛雛様こそ功第一等であろう』

 『功績という点では胡旦様以上であろう。泉国を彷徨っていた時も楽乗様を助けたのは剛雛将軍だ。剛雛様は禁軍将軍となられるだろう』

 『ならば剛雛様についていけば、俺達も間違いなく出世できるぞ』

 剛雛軍の将兵達は口々に噂しあった。剛雛としては迷惑この上なかったが、軍の士気を第一と考えた陳逸は放置させた。

 『上に立つ者が功績を立てて出世できると思えばこそ、下の兵士達は頑張れるのだ。今は言うだけ言わせておけばいい』

 陳逸の言ったとおり、剛雛軍の士気はこれまでになく高まっていた。


 楽乗を討伐すべく広鳳を出た楽宣施は、剛雛という敵の名前を知らなかった。強襲を受けて部隊が混乱した時も、敵の正体など知らず、尾城を奪取させれて初めて敵の名前を知るに及んだ。

 「剛雛とは何者だ?静国の武人か?」

 楽宣施は配下の将軍達に問うたが、誰も答えられなかった。

 「静国においてそのような名前は聞いたことありません。おそらくは楽乗が野の拾った猪のような者でありましょう。敵は尾城に籠っているようなので、我らの大軍で囲み、攻め落としてしまいましょう」

 という主張が将軍達の大勢を占めていた。どちらにしろ楽乗が北上して許斗を狙っている以上、これを討つには尾城を通過して長蛇の道を登らざるを得なかった。

 「よし!急ぎ北上して敵の態勢が整う前に攻めるぞ」

 聞いたこともない武人が指揮する部隊である。不意は喰らったが、大したことはあるまいと楽宣施はまだ剛雛を侮っていた。


 侮られていた剛雛は、楽宣施を侮っていなかった。尾城を得ようと考えた時から楽宣施軍の本体と衝突することは想定していた。

 「楽宣施は戦においては自信家であり、その自信に相応しいだけの才能は持っているだろう」

 剛雛はそう考えていた。楽宣施の実績からすると、剛雛の感想は過大評価であったが、剛雛は油断しなかった。

 「敵はこの尾城を囲むだろう。籠城すればそれだけ時間を稼げるだろが、それでは面白くなかろう」

 参謀という地位にある陳逸は、その才能を存分と発揮していた。剛雛軍の働きの多くは、彼の智謀によるところも大きかった。

 「勿論です。手をこまねいて待っている必要もないでしょう」

 「では、奇襲と参ろうか」

 剛雛と陳逸。この両者はすでに歴史に燦然と輝くべく存在となっていた。

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