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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~68~

 摂を得たことにより、楽乗は翼国において拠点を置くことができた。

 「これで許斗に進軍するための橋頭保を得たわけですが、主力は許斗に向かうにしても、軍を二分する必要がでてきたのではないでしょうか?」

 今後の戦略を話し合う席で、胡旦が自説を披露した。

 「二分とな?」

 「はい。正確に言えば三つです。ひとつは摂を守る守備部隊。ひとつは許斗を攻める主力部隊。そして、広鳳から来るであろう敵の主力をけん制する部隊です」

 摂を得たことで、楽宣施も楽乗の存在を黙って見過ごさないだろう。必ず広鳳から軍を出撃させて楽乗軍を討とうとする。許斗を目指す楽乗軍主力は、楽宣施軍に後背をさらすことになる。これを防ぐために、楽宣施軍をけん制する役目を担った部隊が必要となってくるというわけである。

 「要するに囮というわけですか?」

 羽敏が問うと、そうだと胡旦は答えた。

 「それは難しい役割というべきでしょう。主力から離れ独自の行動をせねばなりません。全体を見渡せる戦略眼と、時として人民の撫育を行わなければなりません。相当の人物でなければなりません」

 羽綜の感想を聞きながら、楽乗は胡演のことを思った。かつて楽氏が羽氏と争っていた時代、楽乗が尾城を攻める際に胡演が担った役割こそ、まさに今必要とされているものであった。胡演が生きていれば、間違いなく胡演が担ったであろう。

 『今となれば胡旦しかおるまい』

 楽乗がそう思っていると、阿習なども胡旦の名を挙げた。しかし、当の胡旦は違う人物の名を出した。

 「私は楽乗様の傍におらねばならない。羽敏と阿習もそうだ。羽綜には摂の守りをやってもらわねばならない。そうなれば、剛雛こそ相応しいと私は考えている」

 一同の視線が剛雛に集まった。当の剛雛は戸惑いの色を隠さなかった。

 「お待ちください、胡旦様。私は楽乗様の車右です。それに私のような人間に一軍の将が務まるはずがありません」

 「そう卑下することもあるまい。先ほどの戦いは見事であった。充分にその任が務まると思うが」

 胡旦の声色からは、決っして剛雛のことを手放しに褒めている感じがなかった。やはり胡旦は自分のことを疎み、警戒しているのだろう。剛雛は胸が押しつぶされそうになった。

 「確かに剛雛ならできるかもしれんな。やってみせよ」

 胡旦と剛雛の確執に気が付いていないであろう楽乗は、胡旦の提案を受け入れた。こうして剛雛は、楽乗軍の一軍の将となった。


 「将軍になったことはめでたいが、お前さん、相当疎まれているな」

 そういう陳逸は剛雛軍の参謀となっていた。彼もまた静国での発言によって胡旦から疎まれ始めていた。

 「私が疎まれるのはよいのです。だが、その行為が楽乗様にとって不利益にならないか不安なのです」

 「ふむ。胡旦様があそこまで欲深な方とは思わなかったな……」

 陳逸は欲深と言うが、剛雛からすれば必ずしもそうではあるまいと思っていた。胡旦という人は自分が楽乗にとっての最側近でなくてはならないと思っているだけなのである。それを欲と言えば欲なのだろうが、自己の栄達や名誉富貴のためではないだけにそれを面と向かって非難する人もいなかった。

 「今は私に与えられた仕事をするだけです」

 「勿論そうだが、失敗はできんぞ。失敗すれば、胡旦様が何かと楽乗様に吹き込むぞ」

 「それでも構わない。私など所詮は泡沫のようなもの。今でこそ高い地位を得たが、最初からなかったものだ。失ったところで惜しくもない」

 「そうだな。我らはできることをやるとしよう」

 剛雛と陳逸は、楽乗達よりも先んじて摂を出た。その数は五千名ほどで、静公から借りた兵士と翼国で得た新参兵の混成軍であった。

 「我らの役目は単純明快だ。広鳳から来るであろう楽宣施軍を翻弄し、許斗を攻める楽乗様を助けることだ」

 剛雛は全軍に布告させた。すでに剛雛は楽乗軍にとっては伝説の人物となっていた。元来、槍働きの人で、それがために得てきた名声であったが、尾ひれがついて軍を指揮させても申し分ないと思われていた。

 『その虚像を利用するのだ。混成軍である以上、士気を高めて全軍を支配するには指揮官が優秀であるという信仰心しかない。剛雛という軍神がいる限り負けることがないという神話を浸透させるのだ』

 参謀として陳逸が一番心を砕いたのは全軍をまとめ上げることであった。これができないと如何に戦術を駆使しても勝てる戦も勝てなくなる。

 「しかし、騙しているみたいで申し訳ないですね」

 「時として虚像ほど大きく見えるものはない。それに元からなかった虚像だろ?失えば死ぬまでだ」

 陳逸はからからと笑った。彼もまた長い苦難の旅で肝を太くしていた。

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