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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~60~

 条国との関係破綻と泉国との友好関係構築は、楽宣施の思考に変化をもたらしていた。

 特に条国との関係が切れたことは、楽宣施の国主としての立場に微妙なかげりを見せていた。楽宣施が国主になることを推進した者達からすれば、条国という背景をなくした楽宣施になんら魅力を感じることができなくなっていた。楽宣施からしても、これまで自分を通じて条国の顔色を伺っていた連中に対して良い感情を抱くはずもなかった。

 そうなると楽宣施は、別の形でますます自己の地位を確立しなければならなくなった。ましてや神器に認められていない国主である。実績で国主としての事業を示すしなかった。要するに戦をすることである。

 当初、楽宣施が仮想敵国としていた泉国とは友好関係になってしまったがために容易に戦端を開くことができなくなってしまった。だからといって条国と戦争をする覚悟が今の楽宣施になかった。

 『そうなれば龍国か……』

 と思わないでもなかった。しかし、この時、すでに龍国では極国が独立宣言しており、血みどろの抗争が繰り広げられていた。その混乱に乗じて、と考えたものの、極国の破竹の勢いを聞くに及んで及び腰になった。戦となれば龍国、極国の両方を屠ることはできようが、損害も馬鹿にならず、得られた結果も損害に見合うものかどうかは微妙なところであった。

 そこで楽宣施が目をつけたのは静国であった。静国も条国と引けを取らない大国である。ただ条国と異なるのは、静国と国境を接している箇所が一部しかなかった。条国とは大部分を国境と接しているため、戦争となれば全面的に戦線が拡大されるが、静国とならその心配がなかった。

 『それに兄上が今、静国にいるらしい』

 少なくとも楽宣施にとっての大義名分もある。静公が楽乗を奉戴してくる可能性もあったが、それよりも楽宣施は戦を欲していた。


 この楽宣施の突飛な行為に便乗したのが条公―条智であった。条智も静国に兵を入れることを決めたのである。当然、楽宣施の動きを見てのことだが、お互い示し合わせたのではなく、協力しようとしてのことではなかった。

 『翼国と静国が争えば、漁夫の利を得られるのではないか?』

 条智からすれば、静国に侵略するという英雄的行為を楽宣施に横取りされたのが腹立たしいし、むざむざと静国が翼国の領土となっていくのを指を咥えてみているのもしゃくであった。そのために出征を決意したのであった。


 この驚くべき凶報に接しても静公と比無忌は至って冷静であった。

 『流石は若くして国主と丞相となった男達だ。格が違う』

 楽乗は感心した。この二人にはすでに事態に対処する青写真があるのだろう。

 「翼国と条国。この二つの国が連携されれば流石に危うい。しかし、どう考えても連携はするまい。そうなれば充分に勝機がある」

 静公は断言した。静公は自ら戦場に出ると言い、楽乗は静公がいかに将兵を進退させるか、非常に気になった。

 「静公。是非とも私を戦場にお連れください。必ずお役に立ってみせましょう」

 楽乗はすでに自身がもっている騎兵戦術を静公に教授している。それがいかに通用するか、この目で確認したいという要求もあった。

 「勿論だとも。私も楽乗殿に参謀として招きたいと思っていたところだ」

 思い立つや否や、静公はすぐに軍を編制して、軽やかに出発した。動員数は約四万人に及んだ。

 これに対して翼国は約三万。条国は約二万五千。個別では静国軍より少数であったが、合わさると上回ることとなる。それぞれの進軍経路は、翼国は北西から、条国は西側から侵入しようとしている。

 「さてさて、それぞれが勝手に動いているのが今の状況だ。翼公と条公が悪魔のような連携を取る前に片付けなければならない。軍師はどのように考える?」

 進軍中、静公は楽乗に諮問した。十代の頃から羽氏との戦争に従軍していた楽乗は戦場での経験も豊富であった。静公はその経験を買っていた。

 「基本戦略は各個撃破でしょうが、こちらの軍を二分するのは愚策でありましょう」

 「ふむ。私もそれを考えていたが、どちらかの軍と戦っているうちにもう一方の軍が我が国の奥深くに入り込んでしまう。それも愚策であろう」

 「勿論です。ですから、私に五千名の兵士をお貸しください。それで翼国軍を足止めして見せますので、主上は残りで条国軍を撃破し、返す刀で翼国軍の側面か後背を突いてください」

 確信に満ちて言う楽乗に対して、流石に静公も訝しそうに眉を寄せた。

 「楽乗殿。貴殿が大言するような男だとは思っていないが、五千で三万を相手するのは無理ではなかろうか?」

 「ご心配していただきありがたいことですが、ここはお任せください。弟の戦い方は分かっておりますし、自分の存在というものを最大限に活かしていこうと思っております」

 楽乗がそう言うと、思い当たることがあったのだろう。静公は破顔してそれ以上は何も言わず楽乗に五千名の部隊を与えてくれた。

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