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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~59~

 剛雛もまた仲間達と再会していた。

 「よく生きて再会できたものだ」

 従者の代表格である陳逸は手を握らんばかりに再会を喜んだ。広鳳から共にしてきた従者達も気が付けば、八名となっていた。泉春からの逃亡中に二人が亡くなったこと、そして恩人とも言うべき胡演が亡くなったことが、剛数を素直に喜べなくしていた

 「陳逸殿は胡演様の最期を看取られたのですか」

 「ああ。最期までお前のことを気にかけていたよ。お前なら楽乗様を守ってくれるとな」

 「私みたいな男に胡演様は目を掛けてくださった。私が受けた恩を返すには、楽乗様をちゃんと翼国にお戻しするしかない」

 陳逸もしきりに頷いた。陳逸もまた、逃避行により辛酸を舐め、人格的に成長していた。

 「まさにそうだ。俺も泉国を見てきてそう思った。暗愚を抱くと国家はろくなことにならない。泉国だけじゃない。翼国もそうだ」

 陳逸が政治や国家について熱く語るのは珍しいことであった。

 「俺も柄じゃないが、ずっと政治や国家というものを考えてきたよ。印国で太子や公子の傅役を務めたような楽乗様を厚遇しない泉公は目が暗い。ろくな国にはなるまいよ。早々に脱出して正解だった」

 「それは我らが故国にもいえましょう。兄である楽乗様の命を狙いうような男に国民を愛せましょうか。いずれその地位を楽乗様に譲ることになりましょう」

 剛雛の言葉はまさに予言であった。だが、その剛雛すら予想できなかったのは、自分が楽乗の車右に任命されたことであった。

 「私が車右に?」

 剛雛は自らそのことを伝えにきた楽乗の前でただただ驚くだけであった。

 「うむ。お前がいなければ私は生きて吉野に辿り着けなかっただろう。その恩に報いてやりたいが、私にはろくな金子もないし、寸土の土地もない。せめて肩書きを持ってして報いてやるしかない。それで許してくれるか?」

 楽乗は主君ながら謙虚そのものであった。剛雛は改めて感動した。上の立つ者が謙虚だからこそ、下の者も謙虚でいられる。剛雛は自分を戒めるためにも、ますます楽乗の臣下であるべきだと思った。

 「謹んでお受けいたします。だが、それ以上のことは無用でお願い致します。我ら臣下は楽乗様が生きて翼国に戻り、翼国を正していただくことだけを望んでおります。決して己の名誉富貴のためでありません」

 すでに翼国に戻り、国主にならんことを決意していた楽乗にとって、剛雛の言葉はその決意を後押しするものであった。

 「そう申しくれるのはありがたいことだ。いつになるか分からぬが、私は絶対に翼国に戻って見せるぞ」

 楽乗が公の場で翼国に戻ることを宣言したのは、歴史的にはこの時が初めであった。


 静国においても楽乗の生活は多忙を極めた。印国での噂を聞いた静公が常に楽乗を傍に置き、様々なことを諮問するようになったのである。ただ印国の時と異なるのは、楽乗はあくまでも静公の話し相手という程度の立場であり、そのことが楽乗を気楽にさせていた。

 楽乗を慕ったのは静公だけではない。丞相の比無忌も同様であった。

 「私は若年でありながら、主上の覚えめでたく丞相となることができました。しかし、若年でありますから無学なうえ無知でございます。ぜひとも人生の先達である楽乗様から色々とご鞭撻いただきたいのです」

 比無忌はまるで弟子が師に教えを請うようであった。

 だが、比無忌は決して無才ではない。高い教養を持ち、その言動からは溢れんばかりの才能を感じさせた。

 『章海が鋭利な刃だとすれば、比無忌は刀身の美しい太刀だな』

 どちらも才気に満ちた若者である。そのような若者達を見ていると楽乗の心は躍った。同時に自分の気も若くなるのを感じた。静国にいれば、精神的にも人間的にも成長できる。そのような予感がする日々を楽乗は送ることができた。


 楽乗が静国に来て半年ほど過ぎたある日、楽乗は静公、比無忌と歓談していた。

 「さて、楽乗殿は翼国に戻ることを願われている。我らは全力を持って助けるつもりでいるが、その時期はいつくるであろうか」

 静公としても、いきなり楽乗に兵を貸し、翼国を攻めるということをするつもりはないらしい。楽乗としては静公の慎重さをむしろ頼もしく思った。

 「中原の現状はやや複雑になりました。翼国と泉国が結んだことで、泉国は心置きなく伯国との抗争を激化させるでしょう。そして友好関係にあった翼国と条国が険悪な仲になったことで、この二国の動きが不鮮明になりました」

 比無忌が端的に解説してくれた。

 「翼国と条国が争えば、我らにも利があろうが、大国同士。双方の国主がそれなりに賢明なら、そう簡単には戦端を開かないだろう」

 静公の観測も的を得ているように思えた。同時に静公が見据えている事態についても大よそ察することができた。

 静公としては翼国と条国が争い、その混乱を突くようにして楽乗を翼国に戻そうと考えている。しかし、今の状況では翼国と条国の間で戦端が開かれるのは難しいだろうというのが静公の見立てであった。

 「静公、私は十年以上、諸国を放浪しております。今後何年待とうとも、覚悟はできております」

 「ははは。心強いお言葉だ。そうだな、慌てては逆に仕損じてしまう恐れがある。今は慎重こそ宝としましょう」

 静公は笑って事態の進展を見守るべきだと言ったが、笑っていられない事態が起こることとなった。翼国と条国が静国に攻め込もうとしてきたのである。

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