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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
243/962

漂泊の翼~56~

 楽乗と剛雛の逃避行は続く。大分と南へと来たように思えるが、まだ伯国にも辿り着いていなかった。路銀も尽きかけ、野宿する機会が多くなっている。二人の風袋も、とても公子とその従者であるとは思えぬほどみすぼらしく、一日に一食ありつければよい方であった。

 食に困り始めた頃、剛雛は自らの食事を楽乗に譲ろうとした。しかし、楽乗は首を振った。

 「お前は私を守ってくれるのだろう。だったら腹をすかせては力が出なくなっては困る」

 そう言って楽乗は自らの食べ物を分け与えるほどであった。剛雛が感激したのは無理もなかった。 

 『楽乗様こそ仁者だ。なんとしても無事静国にお連れせねば』

 剛雛はありがたく楽乗から焼き茸を頂戴した。

 「ありがとうございます」

 「礼はいい。そもそもこの茸にしろ魚にしろ、お前が採ってきたのだからな」

 日々の食料は剛雛が調達していた。山が近いときは茸や山菜を採取し、川が近い時は川魚を釣って食料としていた。里周にいた時、食うに困っていた剛雛からすると造作でもないことであった。

 『私からすれば何が食べられて何が駄目なのかさっぱり分からん。お前ではなく胡旦や胡演であったなら、今頃私は飢えて死んでいただろう』

 以前楽乗がそのようにぼやいたが、楽乗が生きて翼国に戻れたのはまさに剛雛の食料調達能力のおかげであった。

 

 さらに南へと進むと、遠方に大きな城壁が見えてきた。剛雛がすれ違った商人に、城壁について尋ねてみた。

 「あれが桃厘という邑になるようです」

 「桃厘か。泉国最南の邑と聞いている。ということは、もうすぐ泉国を出られる」

 泉国と静国は直接国境を接している地点もあるが、間に伯国を挟んでいる箇所もある。直接静国へ入ろうと思うと、もうしばらく泉国領土内を進まないといけない。

 「一度伯国を経由した方がいいだろう。伯国は永らく泉国と敵対しているから、我らを見つけたところで泉国に引き渡さないだろう」

 「しかし、伯国が翼公に楽乗様の身柄を引き渡す可能性はありますまいか?」

 「可能性はなくはない。だが、このまま泉国を進むよりも、伯国に入った方がまだ安全だろう」

 伯公も泉国と懇ろになった翼国を助けるようなことをするまい。楽乗としては伯公の国主としての矜持に期待するしかなかった。

 桃厘近郊から離れた楽乗達は、その日も夜を迎えたので川辺で野宿の準備をしていた。伯国に入れば多少楽になる。このような野宿もしなくて済むようになるだろう。楽乗は随分と気が楽になってきた。

 「もうすぐ伯国だ。剛雛には苦労をかけたな。必ず報いてみせる」

 楽乗の感謝の言葉に剛雛は黙って聞いていたが、何を思ったのか急に焚き火の火を消した。

 「どうした」

 「お静かに」

 耳を澄ますと、僅かながら馬蹄が地を踏み鳴らす音が聞こえてきた。

 「追っ手か?」

 楽乗の問いに答えず、剛雛は手元に槍を引き寄せた。極力姿を見せないように地面に伏せていた。楽乗も身を伏せた。

 「騎馬が四騎か」

 こちらに向かってくる騎馬はいずれも松明を手にしていた。その数は四つ。他にいる可能性もあるが、聞こえてくる数を考えればそれほど多くはないだろう。

 「やりすごしましょう」

 剛雛が囁き、楽乗は頷いた。だが、

 「この辺りに風体怪しき者達を見かけたという話だ。泉春を逃げ出した翼国の公子かもしれん。捕らえて手柄にしろ」

 先頭を行く隊長らしき人物が声高に叫んでいた。

 「まずくないか?」

 「場所を教えくれた商人が警備兵に通報したのかもしれません」

 やり過ごすのは無理でしょう、と剛雛はすっと立ちあがった。

 「楽乗様はこのまま身を隠しておいてください」

 「大丈夫か」

 「お任せください」

 大胆不敵にも剛雛は騎馬隊の前に立った。何者か、と誰何する先頭の騎馬に対して徐に剛雛は槍を突き出した。

 「ぐえっ」

 剛雛の槍は真っ直ぐに騎兵の喉に突き刺さり、騎兵は奇妙な声をあげて落馬した。

 「侮れぬ相手ぞ。散会して囲め」

 残った騎馬が剛雛を囲むようにして分かれた。騎馬兵はぐるぐると剛雛の周囲を回りながらも包囲の輪を縮めていく。剛雛は慌てる様子もなく、じっと一点を注視していた。騎兵の剣が届くか届かない距離になると、ぱっと剛雛は跳躍した。正面にあった騎馬兵の頭部を槍の柄で叩き馬から落すと、軽業のようにひらりと騎馬にまたがった。

 「おのれ!」

 一騎の騎馬が剛雛が騎乗したのを見て向かってきた。剣を振り上げて切りかかってきたが、剛雛は匠に手綱を捌いて回避し、逆に槍を騎兵の胸に突き刺した。剛雛の槍は騎兵の革の鎧を易々と突き破り、騎兵は口から血を吐き落馬した。

 「ひ、ひいいい」

 残った最後の一騎は、剛雛の鬼神のような働きに怯え、逃げ出していった。

 「み、見事だ」

 一部始終を見ていた楽乗はもはや見事以外に賞賛の言葉が見つからなかった。

 「馬をお使いください。これで一気に伯国まで入れましょう」

 ちょうど楽乗の傍に主を失った騎馬がうろうろとしていた。楽乗は手綱を取ると馬の背に乗った。

 「お見事でございます」

 「ふふん。これでも馬の扱いには自信があるのだ。しかし、一人取り逃がした。あれがさらなる追っ手を呼んでくるかも知れんぞ」

 「その前に伯国へ入りましょう」

 追っ手が来るかどうか。その前に伯国に逃げられるか。後は天に祈るしかなかった。

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