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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
241/958

漂泊の翼~54~

 敵襲だ、という叫び声に跳ね起きた楽乗は窓から外を確認した。泉国の兵士達が屋敷を取り囲もうとしていた。

 「泉公め!私を売るつもりか!」

 泉公の意図は明確であった。自分を拘禁して翼国に引き渡すつもりなのである。それで幾ばくかの金銭が手に入りれば、翼公に恩義を売ることもでき、泉公としては一石二鳥である。

 「目先の欲にかられた馬鹿者め」

 龍公は無関心ながらもそれなりの待遇をしてくれた。印公は龍公以上の厚遇をしてくれ、いずれは丞相にしたいという信頼と好意を見せてくれた。それに比べて泉公のなんと無情なことか。

 「このような無道、いずれ報いを受けるだろう」

 呪いの言葉を吐き捨てた楽乗であったが、今は虚しさしかなかった。とにかく逃げねばならぬと身支度を整えていると、扉が開かれた。

 「楽乗様、お急ぎください」

 体躯のいい槍を構えた男が立っていた。敵ではないらしい。

 「お前、名前は?」

 「剛雛と申します。胡演様の配下ですが、胡旦様の命を受け、楽乗様をお助けしろと」

 「そうか。頼む」

 胡演の部下ならば信頼できるであろう。楽乗は剣を背負い、持てるだけの銭を懐に仕舞った。

 「胡旦様達が下で防いでおられます。我らは別口から出ましょう」

 「胡演はどうする?それに他の者達を見捨てていくのか?」

 「胡演様は胡旦様がなんとかすると仰いました。他の者も同様です」

 「しかし……」

 「皆が生きて静国で再会した時に、楽乗様がおられませんでしたら意味がありません。お急ぎください」

 言葉一つ一つに力のある男であった。楽乗からすれば剛雛は陪臣でしかない。それでも剛雛の言葉には逆らえぬ妙な力が込められていた。

 「分かった、行こう。だが、正面からは行けないな。どうする」

 「屋根を渡りましょう」

 窓を開けた剛雛が軽々と屋根の上にあがった。楽乗も剛雛の手を借りて屋根にあがり、民家の屋根伝いに移動した。

 「この辺りで下りましょう」

 楽乗と剛雛は泉春の郊外付近まで行くと、周囲を警戒しながら下におりた。

 「ここまでは来たが、泉春は城壁に囲まれていて、門は閉められている。朝まで待つか」

 「いえ、朝まで待っている暇はありません」

 剛雛に先導されるまま城壁に沿って歩いていると明かりが見えた。門番が詰めている衛所と、人一人が通れるほどの小さな門があった。

 「門番か……」

 「夜警で外に出ている兵士が通行する門です。ここが一番兵士が少ないはずです」

 「衛兵は少ないようだが、夜警の兵が帰ってくることはないか?」

 「夜警兵は朝まで帰ってきませんよ。夜警とは名ばかりで、近くの娼屈で朝まで過ごしているとの専らの評判です」

 ここでお待ちください、と剛雛が先に行った。剛雛は静かに門に近づくと、瞬く間に門番を倒してしまった。剛雛が手招きしたので、楽乗も門に近づいた。衛所には二人の兵士が転がっていた。

 「見事なものだが、殺したのか?」

 「いえ、失神させただけです。できるなら殺生はしたくないので」

 「ふむ。それにしてもここが手薄だとよく知っていたな。調べていたのか」

 「多少は。しかし、こういう事態になるとは思っていませんでした」

 剛雛は失神している兵士の腰にぶら下がっている鍵を奪うと、門扉に掛けられていた南京錠を外した。ゆっくりと少しだけ門扉を外の様子を伺った。

 「参りましょう」

 剛雛が促したので楽乗も外に出た。星だけが眩しい夜の闇であった。

 「ひとまずどこか近くの邑に落ち着いて胡旦達を待とう」

 楽乗が半ば命じるように言ったが、剛雛は首を振った。

 「胡旦様は迷わず南に行って静国へ行けと申しました。そのように致しましょう」

 「胡旦達を見捨てるのか!」

 「先ほども申し上げましたが、胡旦様を信じるより他ありません。生きて静国で再会するためにも、まずは楽乗様に生きていただければなりません」

 楽乗はやや腹が立ってきた。陪臣のくせに命令に従わない。なんたる不遜な、と声を荒げたかったが、楽乗はぐっと我慢した。

 「私が命じてもお前は聞かぬのだろうな」

 「ご無礼は承知しております。しかし、ここで楽乗様をお連れできなければ、私が主命を果たせません」

 剛雛の言っていることが正論だったので、楽乗は反論できず黙り込んだ。

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