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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~52~

 翼国と条国の関係悪化を好ましく見ている国があった。楽宣施から侵略の対象とされていた泉国である。

 当時、泉国の国主は後に相房に弑逆される泉弁である。しかし、実質的に政治を見ていたのは丞相である景高。景秀の父にあたる。

 「これは好機です。翼国は常に我らを敵視し、特に今の翼公になってからは、隙あらば攻め込まんという姿勢を見せておりました。それも背後に条国との重き関係があったからです。しかし、その関係が崩れたということは、容易に我が国に攻め込むことは致しますまい。それだけではなく、翼国と交誼を結ぶ好機です。そうすれば西方に対して警戒する必要もなくなり、伯を打倒する準備に専念できましょう」

 泉国の悲願は伯国の打倒である。伯国のような小国に数十年にわたって勝てずにいるのは、まさに翼国という仮想敵国を隣にしているからであった。

 「丞相の言うのは尤もであろう。良きように致せ」

 泉弁が了承したので、泉国は翼国に使者を送った。

 使者を迎えた楽宣施は、泉国の思惑を察した。

 『向こうがわざわざ言ってきたのだ。無視することもないだろう』

 あれだけ泉国を侵略しようとしていた男とは思えぬほど、楽宣施はあっさりと泉国の提案を受け入れることにした。これは楽宣施の矛先が泉国から条国に変わったことを意味しており、翼国と条国が長きにわたり抗争関係に陥るのはまさにこの時からであった。

 こうして翼国と条国は友好関係となったが、景高にはもうひとつ実現しておきたいことがあった。

 「この際です。静国とも友誼も結びましょう。そうすれば伯は孤立します」

 景高の対伯国戦略はまさに外交に重点を置いていた。もしこのまま相房の乱が起きなければ、時を置かずして伯国を制圧できたかもしれなかったと言われるほど、景高の戦略は優れていた。

 景高は自ら使者として静国に向かうこととなった。

 「ついでと言うわけでないが、界国にも寄るとしよう。いざ軍事行動を起こす時に義王の承認があればなお心強い」

 静国を往復するなら一ヶ月程度の日にちがかかる。それだけでは勿体ないと思えた景高は帰路に界国に寄ることにした。義王と界公に献金をしておけば、いざという時に指示を取り付けやすくなる。

 「界国によれば半年はかかりましょう」

 閣僚の一人がそう言うと、景高は即答した。

 「翼国との融和がなったとなれば、急ぐ用件はない。そのぐらい不在でも問題なかろう。主上にはそう申しておこう」

 景高とすれば、ゆるりとした旅にするつもりであった。しかし泉国にとっても、そして楽乗にとっても不幸であったのは、景高不在の時に楽乗が泉春に到着したことであった。

 「楽乗とは翼国の公子であった男か。各国を彷徨っていると聞いているが」

 政務に対してそれほど熱心でなかった泉弁も、その程度の知識は仕入れていた。だが、それについて自分がどうすべきかという定見を持っておらず、閣僚に意見を求めた。

 「楽乗殿といえば、印国において印公が大いに信頼し、公子の傅役に付けたと言います。それほどの人物ならば、我が国において大いに礼遇すべきでありましょう」

 という意見を述べる者もおれば、

 「楽乗がいかほどの人物であろうと、所詮は浮浪の亡命者。そのような者、礼遇するに及ばず、追い出すべきでありましょう」

 という者もいた。どちらかと言えば、後者の意見の方が多く、泉弁もその意見に傾きつつあった。しかし、この程度のことすら独断で決断できぬのが泉弁という国主であった。

 「丞相に書を出して意見を求めよう。それでも遅くはあるまい」

 泉弁はそう結論を出そうとしたが、反対の声をあげた者がいた。

 「お待ちください。一層の事、楽乗を捕らえ、翼公に引き渡せばよいではないですか。翼公は楽乗を罪人として追っていると言います。翼国との友誼もありますし、翼公に恩を売ることになります」

 そう発言したのは、当時左中将の地位にあった相房であった。他の閣僚、将軍達はおおっと感嘆の声を漏らした。彼らが感心と賛同したかのような言動に、泉弁もそれがなにより最良の対応のように思えてきた。

 「では、そのようにしよう。精々高く翼公に売りつけてやろう」

 泉弁は目先の損得勘定だけで決断した。


 後日、界国へ向かう途中でこの報告を受けた景高は怒りを顕にした。

 「こんな馬鹿なことがあるか!楽乗殿は、名君誉れ高き楽玄紹殿が一目置かれていた存在。いや、それだけではなく、そもそも亡命して頼ってきた者を易々と売り渡すなどあまりにも仁義に欠ける行為。真主の成すことではない」

 泉弁からの使者が驚き恐怖するほどの激怒であった。景高はすぐに楽乗を保護すべきという返書を認めるのだが、当然間に合うはずがなかった。

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