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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
233/958

漂泊の翼~46~

 印国は龍国から海路で西へ行くとある島国であった。領土は龍国の二倍ほどで、農作物が豊かに育つ土壌を持ちながらも、島国のためか他国に攻められることはこれまでほとんどなかった。豊かで平和な島、それが楽乗の印国への印象であった。

 「見えてきました。あれが印国でしょうか」

 胡旦が指さす先に薄らと島影が見えてきた。定期便の商船に乗った楽乗達は無事印国を見ることができた。そのことに僅かばかりの希望を得た楽乗であったが、心はあまり晴れることはなかった。

 龍頭を出るにあたり、龍公より餞別をもらったうえ、贅沢を戒めてきたので経済的に困っていない。しかし、先述したとおり、印国は縁のない国である。印公が楽乗達を受け入れてくれるか不透明であった。

 『このまま私は彷徨い死ぬのかもしれない……』

 この先にさらなる危機と困難を待ち受けているのだが、すでに楽乗は精神的に追い詰められていた。楽仙や楽清は勿論、郭文や羽陽にも会うことはできまい、と楽乗は悲観の底にあった。

 商船が港に接舷された。荷物を待っているのか、桟橋付近には人が多くいた。その中に胡演の姿があった。

 「演。どうだった?」

 胡旦が真先に駆け寄った。表情に乏しい胡演の顔色から事の成否を判断することはできなかった。

 「ひとまず印公はお会いしてくれるそうです」

 「ひとまず、ということは必ずしも受け入れてくれるわけではないということか」

 楽乗は気落ちした。会って楽乗のことを値踏みしようというのだろうか。そうだとすれば、印公の目に適わなかった時は、もはや楽乗は生きていく場所を求めてまた彷徨わなければならなかった。

 港から印国の国都である鑑京までは馬車で一日ほどかかった。途中の邑で一泊することになったが、印公の計らいで宿が確保されており、楽乗達は人心地突くことができた。

 「これは案外、我らに好意的かもしれませんな」

 胡旦は気楽に言ったが、楽乗はまだ油断していなかった。龍公も最初は表向き歓迎してくれたが、実質的には捨て置かれ、最終的には見放されてしまった。その苦い経験が楽乗を慎重にさせていた。

 鑑京に辿り着いた楽乗達は思いのほか歓待された。延臣の一人が門前まで迎えに出ており、謁見を許した印公も楽乗の境遇に同情してくれた。

 「楽玄紹殿の英名は遠く我が国も聞こえている。その公孫を迎えられたことを嬉しく思う」

 言葉こそ龍公のそれと同じであったが、印公の口調の方が温かみがあるように思われた。

 「ありがたき幸せです」

 「楽乗殿が龍国に亡命していたのは知っておったし、胡演より事情を聞かされた時は是非とも迎えねばと思っておった。しかし、直接会うまでは明確な回答を避けさせてもらった。許されよ」

 値踏みされたのは間違いないらしい。印公の御目に適って楽乗は安堵した。

 「国主となれば、慎重になられるのは当然のことです。才乏しき男ですが、庇護いただける限り、印公のためにお役に立ちたいと思います」

 「殊勝な心がけだな。いずれ我が国の役に立って欲しいが、まぁ、そう焦ることもない。今は旅の埃を落として、疲れを癒されよ」

 優しげな言葉と裏原に、印公は龍公と違い、半月ほど休ませると楽乗を宮殿に召した。

 「早速ではあるが、我が国のために働いてもらいたい。なに、難しいことではない。実は我が子の傅役をお願いしたいのだ」

 印公はそう切り出した。印公の隣りには生真面目そうに少年が一人立っていた。

 「長男の章平だ。平、挨拶をしろ」

 「章平です。よろしくお願い致します」

 章平は深々と頭を下げた。

 「お待ちください、印公。嫡男の傅役を余所者の私が務めてよろしいのですか?」

 楽乗は当惑した。いずれ国主となる男児の教育を他国の人間に任せるなど前代未聞であった。傅役は公子の人格形成に影響を及ぼし、信頼関係も強くなる。傅役が後に閣僚となる例は稀ではなかった。

 「他国はいざ知らず、我が国においては無用な心配だ。この子が長じて印公となり、楽乗殿さえ構わぬのなら、丞相になってもよいと思っている」

 印公ははっきりと言った。

 『印公は度量が広い』

 楽乗は感銘を受けた。祖父である楽玄紹以外で、ここまで器量の大きい人物を見たことはなかった。

 「そのように仰られてはお引き受けしないわけにはいきません。喜んでお受けいたします」

 今度こそ安住の地を得たかもしれない。楽乗は印公に感謝した。

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