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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~45~

 怪しげな風体の男達が龍頭近郊に現れている。その情報を耳にした時、楽乗はまた刺客が来たのだと直感した。

 『宣施は私を殺そうというのか……』

 条西に命を狙われたのは理屈としては理解できるし、条西は楽乗からすると所詮他人である。しかし、母は違うとはいえ父を同じくする兄弟である。しかも、今のところ翼国に帰る意思のない楽乗を暗殺という卑劣な手段で排除しようとしていることが堪らなく悲しかった。

 「宣施は私のことを嫌っていた。それについては何も言わない。だが、命を奪われるほどのことであろうか」

 楽乗の悲しみは楽氏の分裂という事実にも起因していた。楽玄紹を中心にして翼国を統一した楽氏がこうも脆く内部分裂して崩壊するとは夢にも思っていなかった。

 「乗様。もはや龍国には長く留まることはできますまい」

 郭文がいない現在、楽乗の知恵袋となっている胡演が言った。楽乗も言わんとすることはおおよそ想像がついていたが、黙って続きの言葉を待った。

 「宣施様が乗様を排除したいのはこれで明白になりました。怪しげな風袋の男共が乗様の命を狙った暗殺集団だとすれば、これを阻止したところでまた何かしらの手を打ってくるでしょう」

 怪しげな男共の情報を持ってきたのは胡演であった。この時すでに、胡演は陳逸や剛雛に命じて怪しげな男達を捕らえさせ、その素性を暴いていた。しかし、過度に楽乗を不安がらせないためにもそのことについてはまだ兄の胡旦にしか知らせていなかった。

 「次の手とは?」

 「正式に使者を送ってきて乗様を寄越せ、ということです。大金でも積んで交渉すれば、龍公は易々と乗様をお渡しになるでしょう」

 あくまでも可能性ですが、と念を押した胡演であったが、十二分にあり得ると話であった。特に龍公の豪奢な生活を脇から見ていれば、簡単に金で動かされるであろう。

 「龍国を出るか……」

 楽乗はまたもや前途に暗いものを感じざるを得なかった。龍国ではそれなりに安泰な生活を送っており、翼国に近いということも楽乗の気を楽にさせていた。しかし、またしても命を狙われたということと、故国からさらに遠くに離れなければならないという事実が楽乗の心を重くさせた。

 「それならば早々に龍公にお目にかかり、退去するように致しましょう」

 胡演がそう言って、早速に閣僚を通して別れの謁見を申し込んだが、龍公からの返答は実に素っ気なかった。

 「別れが辛くなるから会わぬ、ということらしいです。まぁ、本心ではないでしょうが」

 胡演からそう聞かされた楽乗は、今更ながら龍公の温情は見せかけであったのだと思った。要するに龍公は、創世の七国の国主としての度量を上辺だけ見せつけておいて、今頃内心では厄介払いができたと胸を撫で下ろしていることであろう。楽乗は失望と、龍公の人心としての温かみのなさを感じた。

 「次に向かうとすれば、印国か?」

 胡旦が確認するように弟に意見を求めた。泉国や静国に行くとすれば、再び翼国の領内に踏み入れなければならない。それはあまりにも危険であった。渡海せねばならないが、印国へ向かうほうが安全ではあった。

 「しかし、印国とは縁故がない」

 楽乗はそのことを懸念した。縁のない楽乗を印国が果たして受け入れるかどうかは不明であった。

 「私が先触れに参ります」

 胡演がそう言った。今の楽乗の家臣団で交渉ごとができるのは胡演だけであった。

 「頼む。お前が成功させてくれなければ、我らは路頭で野垂れ死ぬしかない」

 楽乗からすれば切実であった。印国が受け入れてくれなければ、もはや楽乗達の行き場はなかった。


 胡演が先触れとして先発し、三日遅れて楽乗が龍頭を出た。龍公はおろか閣僚や縁者であるはずの白倫さえ見送りに来なかった。

 しかし、楽乗に色々と世話になった龍頭近郊の邑に住む人々は、楽乗が龍国を去ると聞いて沿道に駆けつけた。この時になって彼らは、この優しき青年が翼国から亡命してきた貴人であると知った。

 剛雛と陳逸は、胡演に命じられて楽乗の乗る馬車を守っていた。周囲を警戒していた剛雛は、見送りに来た人々の中に見知った顔を見つけた。

 「あれは……」

 以前、楽乗を襲った刺客のひとりではないか。そう直感した剛雛は、

 「陳逸殿。少し離れます」

 と耳打ちした。剛雛を信頼している陳逸は無言で頷いた。刺客らしき男を追った剛雛であったが、すぐに見失ってしまった。仕方がないと諦めて戻ろうとすると、木影からすっと殺気が差し出された。  

 本能的に殻が動いた剛雛は、槍で殺気がする方向を払った。がつっという重い金属がぶつかる音がするや否や、剛雛はぱっと後ろに飛んだ。木影から突き出されていたのは剣の切っ先であった。

 「やるな。流石に一度は俺を引き下がらせたことがある」

 木影から剣を手にした男が現れた。刺客でありながら顔を隠そうともしていなかったので、その男があの時の刺客であるとすぐに知れた。

 「やはりあの時の刺客……」

 「以代と呼んでもらおう。刺客などというその他大勢のような言われ方は嫌いなのでな」

 「以代……」

 田舎者で無知な剛雛であったが、かつて陳逸との会話の中で以代の名前が出てきたのを覚えていた。確か殺人狂とも呼ばれていた男であるはず。剛雛はそのような男と渡り合っていたかと思うと、ぞっとした。

 「そう身構えることはない。今はお前も楽乗も襲うつもりはない。流石の俺も一人ではどうにもならん」

 以代がじっと睨んできた。負けじと剛雛も視線を外さなかった。

 「これから印国へ行くのだろう?」

 「だとしたらどうなのだ?海を渡って追ってくるか?」

 「さてどうだろうな。依頼人次第だ」

 以代はからかうように言うが、剣を収めようとはしなかった。彼なりに剛雛のことを警戒しているのだろう。

 「私は戻るとする。もし乗様を襲うというのなら、命に変えても守ってみせる」

 「殊勝なことだ。そうなればこそ俺も殺しがいがある。最後に聞かせろ。俺の配下をやったのはお前か?」

 剛雛が頷くと、以代は満足そうに頷いた。

 「名前は何と言う?」

 「剛雛」

 「剛雛か。二度とその名を忘れん」

 以代はようやく剣を鞘に戻すと、風のように姿を消した。剛雛も緊張を解いて、楽乗達の後を追った。

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