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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~36~

 刺客による楽乗への襲撃は失敗に終わった。狩が行われる直前に、胡演が刺客に襲撃される可能性を進言してきたのである。

 「それは本当なのか?」

 胡旦が疑わしそうに眉をひそめたが、胡演は確信に満ちた目で頷いた。

 「配下の者が疑わしい者を許斗で見かけております。まず狙われるのは狩の最中でありましょう」

 実は上役に意見具申を無視された剛雛と陳逸が直接胡演に訴えてきたのである。明らかな越権であったが、胡演は二人を非難することなくじっと聞き入っていた。

 『もし私達が言っていることが虚偽であれば、いかなる罰も受けるつもりでおります。どうか狩を中止になさるか、警護を過重にしてください』

 地に伏しながら必死の形相で訴える剛雛を見ていると、胡演には虚偽を言っているようには思えなかった。

 『この男は天と地を師としている男であったな』

 胡演はそのことが妙に頭に残っていた。天と地がこの男を育てたとなれば、彼の心眼も天と地によって養われたものであろう。それならば間違いのなく真実を見抜いているだろう。胡演は剛雛の言葉を信じ、楽乗の耳に入れたのである。

 「確かに今の情勢を考えれば危険なのは確かだ。乗様、狩は中止しましょう」

 胡旦に言われ、楽乗もそうすべきだと思いかけていたが、胡演が首を振った。

 「お待ちください。襲撃については事前に心得ておけば、防ぐことができます。それよりも刺客の一人でも捕られることができれば、黒幕を知ることができます」

 そこに阿習が部屋に入ってきた。

 「胡演様に命じられ、怪しげな男を捜しました。確かに商人とも思えぬ男がちらほらと見かけます」

 阿習の報告を聞いて、決断を促すように胡演が楽乗を見た。楽乗は首を縦に振った。

 「狩はやろう。刺客を捕らえて黒幕を聞き出すことができれば、広鳳にいる主上に訴えることもできよう」

 そのような経緯があり、狩を決行し、刺客たる以代を逆に襲撃することに成功したのだが、生きて捕らえることは失敗した。

 「ひとまずは乗様が無事であったことを喜びましょう」

 胡旦は努めて明るく振舞った。しかし、楽乗は心を暗くさせていた。

 『本当に私は命を狙われているのか……』

 狙っているのは間違いなく条西であろう。その条西を制御できず、好き勝手にさせているのが父である楽伝だと思うと、楽乗の気は沈むだけであった。

 「乗様。お気持ちは察しますが、このままでは終わりますまい。刺客による暗殺が失敗したとなれば、敵はなりふり構わぬ手に出るかもしれません」

 胡演に言われて楽乗は改めて自分の立場がいかに危ういものかを思い知らされた。

 「こうなれば軍を率いて広鳳に上ろう!それで主上の傍で寄生している君側の奸を取り除こう!」

 胡旦が拳を振り上げて言った。楽乗もそれしかあるまいと同調しようとしたが、胡演が首を振った。

 「無益です。その君側の奸が広鳳で主上を手中にしている以上、我らは瞬く間に賊軍にされてしまいます」

 胡演は冷静であった。確かにそのとおりだと思った楽乗は反論せずに黙り込んだ。

 「では、どうすればいい!また敵の出方を見ればいいのか?それでは敵にまたしても機先を制されてしまうぞ!」

 胡旦は苛立ちを隠さずに弟に詰め寄った。胡演は涼しい顔で兄を見返した。

 「すでに郭文様がお示しされたように、ここは一時的に龍国へ赴き、この難を避けるべきでしょう」

 「亡命か……」

 その選択肢は気乗りしなかった。楽乗からすれば、それは単に逃げているとしか思えなかった。

 「乗様。私からも亡命をお勧めします。今や広鳳は狐狸の類に支配されています。そのような場所に飛び込めば、命の危機となりましょう。羽達様の二の鉄を踏むような真似はおよしください」

 と声を上げたのは阿習であった。彼の言うとおり、羽達は広鳳に乗り込んだことによって殺害された。羽達は自らに危機が迫っていることに気がついていなかったが、楽乗の場合はすでに危機を察している。わざわざその危機に踏み入る必要などなかった。

 「だが、そうなれば誰が主上を……父上をお助けする?私が出ねば、君側の奸を取り除くことができようか?」

 「乗様。時が今ではないということです。それに彼らの悪行は天が知り、地が知っております。いずれ彼らは乗様が手を下す前に罰せられるでしょう」

 胡演は予言めいたことを言った。楽乗は完全に胡演の予言を信じたわけではないが、今がその時ではないという言葉は受け入れることができた。楽乗は亡命を決意せざるを得なかった。

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