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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
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漂泊の翼~30~

 条西に甘水瓜を届けさせた耀舌夫人は、不愉快の極みにあった。融尹の助言に従い、条西の機嫌を取るようなまねをしたが、そのことを考えただけで腹が立った。

 『何故、私があの女の目を気にせねばならない……』

 今頃、条西と楽伝が睦みあいながら自分が送った甘水瓜を食べていると思うと、嫉妬と不快感でどうにかなりそうであった。

 もう寝てしまおう、と蒸留酒を一口飲んだ。そこへ突如として扉が開かれ、衛兵達がなだれ込んできた。

 「何者か!」

 耀舌夫人は、杯を落して侵入者を誰何したが、彼らによって組み伏せられた。

 「放せ!無礼な!」

 身を捩り抵抗する耀舌夫人の前に、楽伝が立ちふさがった。

 「これは我が主!一体、どういうことですか!」

 「どうもこうもあるか!」

 楽伝は手にしていた甘水瓜を耀舌夫人に投げつけた。

 「これは私が条西に届けさせた……」

 「よくも毒を仕込んでくれたな!それほど余が憎いか!」

 「毒?毒ですと……」

 楽伝は投げつけた甘水瓜を拾い上げると、近くにあった鳥籠の中に入れた。小鳥が甘水瓜を啄むと、すぐに痙攣した後動かなくなった。

 「違う!これは罠です!条西が自ら毒を……」

 耀舌夫人は衛兵達を振り払い、楽伝に縋りついた。楽伝は冷酷な目で耀舌夫人を見下ろした。

 「女の嫉妬とは恐ろしいな。寵愛を失えば、なりふり構わぬとは。殺そうとしただけではなく、罪を条西に擦り付けるか!それほど余が憎いか!」

 「違います!主よ、私を信じてください!」

 「それならばこれを食って自らの無実を証明して見せろ!」

 楽伝は別の甘水瓜を突き出した。耀舌夫人は流石に躊躇した。先ほど、小鳥が死んだのだから毒が入っているのは間違いなかった。

 「そ、それは……」

 「できぬのか!」

 耀舌夫人は恐る恐る甘水瓜を手にした。そして、小さくかじると、実を飲み込んだ。次の瞬間、耀舌夫人は全身の血液が逆流するような熱さを感じた。

 「げ、げほっ!」

 喉からこみ上げてくる不快な液体を吐き出すと、それは真っ赤に床を染め上げた。耀舌夫人は、その上にばたりと倒れこむと、数度痙攣して動かなくなった。

 「宣施と条亜を拘禁しろ」

 楽伝は衛兵に命令した。この二人についてすぐに死を賜らなかったのは、条公への配慮であった。


 しかし、楽伝の行動は遅かったと言っていい。本来であるならば、条西の部屋へ衛兵を差し向けた時点で楽宣施と条亜にもそうすべきであったのだが、激情していた楽伝にはそのような配慮はなかった。そのことが二人を死地から救った。

 楽伝の命令で衛兵が耀舌夫人の部屋に向かったという情報を、条亜は誰より先に知ることができた。彼女は条国からつれてきた間諜を宮殿広くに放っており、彼らの一人が条亜に知らせてくれたのである。

 「あなた、一大事です」

 条亜はすぐさま楽宣施に知らせた。

 「父上が母上の部屋に衛兵を?どういうことだ?」

 「どうもこうもありません。このままではこの部屋にも衛兵が来ます。今のうちに脱出しましょう」

 「馬鹿なことを言うな。これは何かの間違いだ。きっと母上に部屋に賊が入ったのだろう」

 「お分かりになりませんか?私達が後手を踏んだのです。条西がどういう罠を仕掛けたのか分かりませんが、すでに条西の方が数手先をいっています」

 条亜は聡明な女性であった。彼女がいたからこそ楽宣施は危機を脱することができたのであり、条国という亡命先があり得たのである。

 「条西が……」

 楽宣施にも閃くものがあった。耀舌夫人が自分が太子になることについて何事か気をかけていたのも思い出した。

 『事態が急転している。条国に行った方が得策か……』

 どういうことになるにしろ、楽宣施には条公という後ろ盾があった。これほど心強いものはなかった。

 「条国へ行くぞ!」

 決断すると素早いのが楽宣施であった。楽宣施と条亜は着の身着のままで宮殿を脱出していった。

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