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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
215/958

漂泊の翼~28~

 条西の不穏な動きを知らない楽宣施は有頂天になっていた。国主である父に愛され、条公の娘を娶った。楽宣施は、これの意味することを都合よく好意的に解釈することができた。

 『次の国主は俺だ』

 いずれ兄は廃太子となり、自分が太子となるであろう。楽宣施からすれば、長兄のである楽慶はつまらぬ男であった。人が良いことしか取り得のない凡人であり、国主としてまるで相応しくなかった。次兄の楽乗に至っては論外であった。父にまるで愛されていない挙句、許斗に追いやられている男が太子になれるはずがなかった。

 『やはり俺しかおるまい』

 それにしても楽宣施の楽観的な自信はどこから来るのであろうか。それは自分が父から愛されているという錯覚が成しているものであったと言えるかもしれない。しかし、楽宣施は重大な錯誤をしていた。楽宣施が愛されているのは、楽伝に寵愛されている耀舌夫人の息子であるからであり、楽宣施個人が愛されているわけではなかった。そして、楽伝の寵愛が耀舌夫人から去った以上、楽宣施からも愛が去ったのである。


 そのことに危機感を募らせていたのは耀舌夫人であった。実際に楽伝と肌を合わせてきた彼女からすると、楽伝の愛が自分から急速に去っていったことを皮膚感覚で理解でき、それの意味するところを明敏に察することができた。

 「宣施。何をぼさぼさしているのです。このままでは太子になるどころか、翼での地位も危うくなりますよ」

 耀舌夫人は息子を呼び出して諭した。しかし、宣施は分からぬと言わんばかりに不思議そうな顔で母を見返していた。

 「何を仰るのです、母上。父は私を気にかけてくれています。長兄は魯鈍で、次兄は家臣の功績で成り上がった無才です。取るに足らぬ存在です。だからこそ父は私の嫁を条国から迎えたのです」

 『魯鈍がどちらか……』

 耀舌夫人は声に出して叱り付けたかった。しかし、夫人の息子への溺愛が強く叱れないようにしていた。

 「宣施。あなたは勇気があり、戦場に立てば二人の兄など誰も敵わぬでしょう。しかし、今の翼にはもはや戦争などあろうはずがありません。これよりは勉学に励んで知性を磨く一方で、宮殿の中に目を配らねばなりません。誰しもが虎狼のように権力を狙っているのですから、誰が敵で誰が味方かを見極めねばなりませんよ」

 楽宣施は覿面に嫌な顔した。彼は叱られることも、勉学のことを言われるのも嫌いであった。

 『宣施には権謀術数は無理か……』

 こうなれば自分が動くしかない。楽伝をまたこちらに振り向かせるか、条西を排斥するか。耀舌夫人はどちらを採るか判断せねばならなかった。


 そのような各陣営の策謀渦巻く宮殿の状況の中で、先に動いたのは条西であった。

 その晩も楽伝に激しく抱かれた条西だったが、その瞳は虚ろで、心ここにあらずといった感じで楽伝の愛を受け止めていた。

 「どうしたのだ?体でも悪いのか?」

 楽伝は条西の常ならぬ状態に気がついていた。条西はすぐには返答せず、苦しそうに顔を背けた。

 「西よ。そのような顔をしてくれるな。そなたが悲しめば余も悲しい。心に思うことがあれば申してみよ」

 「それならば、畏れ多いことながら……」

 条西はいかにも言うのが心苦しいとばかりに細々と言った。

 「いずれ私は主のもとから離れなければならぬかもしれません」

 「それはどういうことか?」

 「後宮では慶様が廃太子となり、宣施様が新たな太子になると噂されております。もしそうなれば、宣施様と条亜様は、同じく条公の一族である私が主の傍にいるのを好ましく思われないでしょう」

 「そのような戯言を。そもそも太子は慶以外におらぬ」

 「それならばよいのですが、宣施様は条公の後ろ盾を得たと喜び、自らが太子になれると言って憚らないとも聴きます」

 「ふうむ」

 数年前であるならば楽伝もこのような讒言を一笑に付したであろう。しかし、度重なる病で精神を痛め、なおかつ条西に対して盲目となっていた楽伝は、この讒言を半ば信じた。

 「そなたがそこまで言うのなら融尹に調べさせよう」

 楽伝は条西を宥めるように頭を撫でた。条西はそれでも怯えているように顔を伏せたが、内心はほくそ笑んでいた。

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