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七国春秋  作者: 弥生遼
漂泊の翼
205/958

漂泊の翼~18~

 広鳳を囲んで一ヶ月。遅々として進まぬ戦況に対して流石に危機感を募らせた楽玄紹は、楽乗を引き連れて前線を視察した。最前線をぐるりと回り兵士達を激励した楽玄紹は、兵士達に覇気がないのを感じた。単純に疲れているわけではあるまいと思った楽玄紹は、楽乗に意見を求めた。

 「乗よ。この兵士達の覇気のなさをどう思う?」

 「前線の兵士達の多くは、先の尖軍山で降伏した兵士達です。降伏したとはいえ、広鳳は彼らの故郷であり、中には彼らの家族、友人、知人がおりましょう。気が進まないのも当然かもしれません」

 楽乗の返答に楽玄紹は内心感心した。

 『乗には他者を思いやる心がある』

 楽玄紹もそこまで思い至っていなかった。戦いで得た捕虜を前線で使うのは謂わば常道であった。楽玄紹でも同じようにしたであろう。しかし、そのことで兵士達がどう思うかまでは楽玄紹ほどの人物でも考える余地がなかった。楽乗のみが別の視点を持っていたことになる。

 「よくよく思えば彼らも同じ翼の人か……」

 楽玄紹は、どうしたものかと思いつつ、楽伝と楽宣施がいる天幕に入った。

 「苦労しておるな」

 「申し訳ありません。しかし、もうひと頑張りで門扉のひとつをこじ開けて見せます」

 楽宣施は勇ましいことを言って見せたが、楽玄紹の見たところ、もうひと頑張りしたところで城壁に傷つける程度しかできないであろう。

 『宣施は勇ましいだけで思慮が足らない』

 楽玄紹達を囲む卓上には楽乗が阿習から聞き取って作成した広鳳の地図がある。それを見る限り、急所となる場所はいくらかある。楽宣施はそこを攻めず、真正面から攻めてばかりであった。楽玄紹がそのことを指摘すると、

 「この地図は捕虜の言葉から作られたものです。罠の可能性もあります」

 そう言われて楽乗の目に怒りの火が点った。楽玄紹はそれを見逃さなかったゆえ、楽乗よりも先に動いた。

 「それは一度でも自分の目で確認したのか?」

 「い、いえ」

 「この馬鹿者め!」

 楽玄紹は手にしていた杖で机を叩いた。

 「だからお前は創意工夫もなく、徒に兵の命と食料と時間を無駄にしているのだ!少しでも前線の兵に気を遣っていればこのような愚策と愚かな発言はできぬはずだ!お前はもう黙っていろ!」

 楽玄紹の怒りに触れ、楽宣施は青ざめた。今の楽氏にとって、公主の座は楽伝に譲ったものの、楽玄紹の存在は絶対的であった。その怒りに触れることは、楽氏での立場を弱めることにもなりかねなかった。

 「父上、宣施はよくやっております」

 ここにきて楽宣施を擁護する楽伝に楽玄紹は苛立った。

 『お前がそんなことを言うから宣施は駄目なんだ』

 流石に公主である楽伝のことを面前で叱るわけにはいかなかった。怒りの言葉をぐっと飲み込んだ楽玄紹が穏やかに言った。

 「伝よ。努力を褒めるのは終わってからにしろ。今は戦の最中だ」

 結果こそすべてだ、と言葉を閉めると楽伝は黙り込んでしまった。

 『本格的に儂が指揮を取らねばならないか……』

 さてどうしたものか、と地図を覗いていると、楽乗が何か言いたそうな表情をしていた。

 「乗。何か言いたいことがあれば言ってみよ」

 「はい。前線の兵士達には羽氏の捕虜が多く、広鳳には彼らの友人や家族がいるため活動が不活発です。まだ逆も然りです。武力で攻めるよりも、彼らに心を攻める方策を考えるべきです」

 「ふん!偉そうなことを!」

 楽宣施が悪態をついてきたので、楽玄紹がひと睨みして黙らせた。

 「具体的に作戦はあるのか?」

 「広鳳の者達に我らが仲良くやっていると見せるのです。今晩にでも宴席を行いましょう」

 「馬鹿な!そんな弛んだ真似をしてると、敵に襲われるだけだ!」

 またしても噛み付いてきた楽宣施だが、楽玄紹がわずかに視線を向けただけで口を閉じた。

 「面白い!敵が攻撃してきたのなら、そこを逆撃して広鳳に突入すればいいだけのことだ。無為無策の戦術よりよほど価値がある」

 さぁ盛大にやろう、と楽玄紹は手を打った。

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